第三章 望は望

 きーんこーんかーんこーん。
 ああ、予鈴だ。教室に行かなくちゃ。やだなぁ。気が重いなぁ。今朝の朝練だって、みんな、私に対して腫れ物を扱うかのように、ううん、あれはきっと変態を見るような目つきだったんだ。あー、私が変態なんかにならないといけないの。
 今朝の中学生だってそうよ。なによ、芝田先生。みんなで中学生に追いついてみたら、野球部の朝練だったじゃない。野球のユニフォームを着て走ってるだけでどうやったらきらめき市の治安を乱せるのよ。信号無視くらい良いじゃないか。
 しかも山元さんが信号無視を注意しているときの彼ら、お互いにこずきあって私の方を見て……。あれは私が清川望だって分かっちゃったんだ。そりゃそうだよね。髪がピンクなだけで後はまるっきり素顔なんだから。あーあ、次からは自分でマスクを用意しようかな。
 うっ、もう昇降口だ。げっ、なんで二年の下駄箱に一年や三年がたむろしてるの?うっ、みんな私の方を見てる。ひょっとしてみんな噂を聞いたの?あー、もうどうすればいいのよ。
「グッモーニン、望。どうしたのよ。元気ないじゃない。」
 ああ、彩子か。彼女は私の親友の片桐彩子、変な英語を使うけど帰国子女じゃないんだ。ただ単に帰国子女にあこがれているだけみたい。でも、変な奴じゃないぜ。本当にやさしいいい奴なんだ。
「なによ、この人だかりは……。みんな、しっ、しっ。ゴーアウェイ。あっち行ってよ。私と望の愛の時間を邪魔しないで。」
 彩子、目がマジだよ。彩子も私の噂を聞いたんだね。優しいね、彩子。でももういいんだ。私はノゾミなんだからみんなが噂したってしょうがいないんだよ。私は彩子の影で大きくため息をついた。
「なんだよ、片桐。お前、そんな変態かばうのか?」
 げっ、B組の林だ。やな奴に噂が伝わっちゃったなぁ。あいつは一年のときに私に腕相撲で負けてから何かと私に絡むんだ。男のくせにみっともないよね。力には自信があったらしいんだけど、男らしさってのを絶対に勘違いしてるぜ、あいつは……。
 林は私たちの方につかつかと歩いてきた。ああ、あんな奴にまで伝わっちゃったのかぁ。やだなぁ。本当にやだなぁ。
「片桐、お前知らないのかよ。清川はな、最近しょっちゅう水着で街の中を飛び回ってるんだぜ。お前も清川なんかと付き合ってたら変態が染っちゃうぞ。」
 なっ、なんて言い草。私だってやりたくてやってるわけじゃないんだ。それを、それを……。だめだ、もう許せない。
 ぱしーん。
 え?何?私、まだ殴ってないのに…。私が伏せていた目線を林の方に向けると奴は頬を押さえていた。ひょっとして彩子がひっぱたいたの?
「ユーフール。望がそんなことをするはずないでしょ?」
 ごめん、彩子。してるんだよ。
「望はね。水泳を愛してるのよ。そんな水泳を汚すようなことをするはずがないでしょ?馬鹿じゃないの。」
 ごめん、彩子。してるんだよ。
 頬を押さえて硬直していた林は馬鹿という言葉を聞いたとたん突然彩子につかみ掛かった。
「このやろう。」
「何よ、卑怯者。私はあなたなんか恐くないわよ。」
 林はその言葉を聞いてついに切れたのか手を振り上げた。彩子は目を閉じ、でも私を守るようにさっと手を広げた。やめてぇ、私の思いは言葉にならなかった。彩子を守ってあげたいのに体が動かない。
「やめたまえ。」
 彩子を殴ろうとした林の手を誰かが掴んだ。え?伊集院君?
「なんだよ、伊集院。その手を放せよ。」
「僕が放したら、君は片桐君を殴るんだろう?そう分かっていてこの手を僕が放すと思うかい?」
 林は伊集院君の手を振り解くと今度は伊集院君に殴りかかろうとした。でもその林をがっしりしたスーツ姿の男ががしっと羽交い締めにした。伊集院君のボディーガードだ。
「いてぇ、いてぇ。何するんだ。」
 林は必死に暴れたけど、ボディーガードはびくともしない。
「放してあげたまえ。」
 ボディーガードは伊集院君の言葉に従って林を放した。放されても林は痛そうに肩を押さえて伊集院君を殴ろうとはしない。
 伊集院君のボディーガードはとってもごつくて柔道五段という話だ。怪我さえしなければオリンピックに出ていたと言う噂だし、そんなボディーガードに羽交い締めされたんだから痛くても当たり前か……。
「僕を殴りたいのか?このきらめき高校理事長の孫の伊集院レイを?いいだろう。それで気が済むのであれば殴りたまえ。ただし、それなりの覚悟はしてくれたまえよ。君程度のちんぴらには鑑別所の生活はさぞかし堪えるだろうねぇ。」
 伊集院君、あいかわらず男子にはきついね。でも林はその言葉を聞いて何もできなくなった。伊集院君が「鑑別所に送る」と言ったら本当に送れることを彼もよく知っているんだ。
「てめぇ、伊集院。おまえ、なんでこんな変態をかばうんだよ。」
「おや、変態?それは誰のことだい?ここにいるのは清川望君。日本の誇る水泳界の星じゃないか。」
 ああっ、そう言われて恥ずかしかったのが遠い昔のことみたいだ。今の私は単なる変態なんだ。あっ、いけない涙があふれそうだ。私は彩子の背中をぎゅっと掴んで必死に涙をこらえた。彩子は手を広げた姿勢のまま動こうとしない。彩子、本当にありがとう。
「そういえば、清川君のそっくりさんがこのきらめき市で善行を詰んでいると言う噂は僕も聞いたことがある。」
 林は言葉に詰まった。でも伊集院君、あれはそっくりさんじゃなくて私なんだ。
「しかし、それがどうしたというんだい?女子を殴ろうとする君のような悪党にそのそっくりさんを非難できるのかい?」
 悪党と言う言葉を聞いて林はまた伊集院に殴り掛かろうとした。でもそれをまた伊集院君のボディーガードががっしり止めた。今度は片羽締めだ。うわっ、苦しそう。林の奴、つま先立ってる。しかも今度は伊集院君も放すように言わない。うわっ、ついに林の足が床から離れた。だっ、大丈夫?そんなことして死なない?
「ましてや、無関係の清川さんにたいしてその態度はいったい何だい?」
 ごめん、無関係じゃないんだ。
「そうよ、そうよ。望に謝りなさい。」
 彩子は宙に浮いている林の胸をとんと突いてそう言った。でも、林は謝らない。謝りたくてもあの状態じゃ謝れないけど、そうでなくても絶対に奴は謝らないと思う。
「君たちも同罪だ。」
 伊集院君は振り返って周りに集まっている野次馬に話し掛けた。
「君たちのくだらない野次馬根性がどれだけ清川君を傷つけているのかわからないのかい?もし、君たちの心無い態度のせいで清川君の心が乱れて、出るはずだった世界記録が出なかったらどう責任を取るつもりだい?」
 世界記録はオーバーだよ、伊集院君。そりゃ、目標にはしてるけどさ。
「さあ、みんな予鈴はもう鳴ったよ。みんな自分のクラスに帰りたまえ。そして自分がどんなにひどいことをしていたか、しっかりと反省したまえ。」
 伊集院君の迫力に押されたのか、野次馬たちはしゅんとして自分のクラスに帰っていった。ありがとう、伊集院君。
「さあ、二年B組の林君。君には少し心というものを教えてあげる必要があるようだね。斎藤、すまないが彼を柔道場に連れていってちょっと指導してくれたまえ。」
 斎藤と呼ばれたボディーガードは無言で頷くと林を締めたまま柔道場の方に歩き出した。歩き出す直前に私の方をちょっと見た。なんて優しい目なんだろう。ごつい体からは想像も付かなかった。
「清川君。」
 ボディーガードの方に気を奪われていたときに伊集院君が話し掛けてきた。
「お節介を焼いてすまなかった。僕は清川君がこれくらいの中傷にめげたりはしないと思ったのだが、あの斎藤がどうしても許せないと言うものでね。」
 え?伊集院君のボディーガードが?
 伊集院君は私が不思議そうな顔を見てさらにこう付け加えた。
「彼は君のファンなんだ。怪我で失った自分のオリンピックへの夢を君に託しているようなのだ。」
 斎藤さん……。私は柔道場の方に歩くボディーガード、斎藤さんに向かって叫んだ。
「ありがとう、斎藤さん。私、私、がんばるから。」
 斎藤さんはちょこんとスキップした。うわっ、あんなことして林の奴、大丈夫かな?まあ、柔道の達人だから殺しはしないだろうけど……。
「それじゃあ、清川君。僕も失礼させてもらうよ。」
 伊集院君は振り返って自分のクラスへ向かって歩き出した。でも、三歩ほどで止まって振り返りもせずに私に向かって話し掛けた。
「そう、清川君。そっくりさんのことは忘れたまえ。君は君、清川望なんだから。」
 伊集院君……。
 そのとき私の肩にそっと手が置かれた。彩子……。
「望。伊集院君って厭味な奴だと思ってたけど、結構いい奴だったんだね。」
 私は彩子の顔を見た。彩子は優しそうに笑っていた。その顔を見たら私の目から涙がこぼれはじめた。
「彩子!彩子!」
 私は彩子に抱きついた。抱きついて今まで我慢していた分も一気に泣いた。
「望。苦しかったんだね。もうだいじょうぶだよ。
 ……でもね、一つだけ私に教えて。」
 私は彩子の胸から顔を上げた。彩子はさっきと同じ優しい目で私を見つめていた。
「望、あのそっくりさん。本当にそっくりさんなの?」
 私の涙がぴたっと止まった。彩子……。でも彩子の目は優しいし、私は彩子には嘘を付きたくない。
「ごめん、彩子。あれは私なんだ。でもね、でもね。」
「ストップ、望。」
 私はきょとんとして彩子を見つめた。
「それだけ聞けばもう十分よ。伊集院君も言ってたでしょ?望は望。私は私の親友を信じるわ。望がそうしたのなら、それだけの理由があったのよ。」
「彩子……。」
 彩子は私を手を持って立ち上がらせた。
「さあ、行きましょう。望、もう本鈴がなっちゃうわ。本当のことを言ってくれてありがとう。」
 彩子は私の手を引いて走り出した。ありがとう、彩子。私は私、そうだよね。でも、そうだとしたら、どうしても芝田先生と話をしなくちゃ。どうしても、どうしても……。

 ううっ、だからってなぜ一限が物理なんだ。私にだって準備期間があってもいいだろ?
 芝田先生は黒板にすごい勢いで式とか図とかを書きまくりながら説明している。もちろん教科書の範囲のことを説明しているだけなんだけど、残念ながら進学クラスじゃないこのクラスでは誰一人授業の内容にはついていけない。それでも芝田先生は熱心に熱心に説明する。こうしているだけだと悪い先生じゃないんだけどなぁ。
「というわけだ。簡単だろ?みんなわかったかな?」
 芝田先生は説明が終わると教卓にばんと手を付いてみんなに聞いた。でも誰もはいとは答えない。うっかり分かった気になってはいと答えると、じゃあ、とか言っていきなり応用問題を振られちゃうからだ。芝田先生のこの「わかったかな?」に堂々とはいと答える人は理系クラスでも数人しかいないという話だ。
「うーん、じゃあ、みんなよく復習しておくように。次回は別の視点からもう一度説明しよう。」
 時計を見ると終了5分前。うーん、芝田先生。どうしてこんなに正確に授業ができるの?
「何か質問は?」
 もちろん質問なんかする人はいない。質問したが最後、徹底的に説明されちゃうからだ。先生は親切でそうしているつもりなんだろうけど私たちにはお経を聞かされているのと全然違いがない。つまり、ちんぷんかんぷんだってことだ。
「ないようですね。ではちょっと早いけど今日はここまでにします。」
「起立、例、着席」
 芝田先生はさっさと物理準備室に帰ってゆく。だっ、だめだ。話をしなくちゃ。でも私の足は動かない。こんなことって今まで一度もなかったのに……。水泳の全国大会でだって世界大会でだってあがったことなんか一度もなかったのに……。
 その時、私の頭の中に彩子の声が響いた。
「望は望。私は私の親友を信じるわ。」
 そうだ。彩子は信じてくれている。私は私自身で決着を付けなくちゃいけないんだ。私は立ち上がって芝田先生を追いかけた。
「芝田先生!」
 先生は階段を降りようとしているところだった。先生は私の声に振り替えるとそこで立ち止まって私を待った。
「どうしたんだい?清川君。質問だったら授業の最後に聞いたはずだけど。」
「そうじゃないんです、先生。いえ、あの。質問なんですけど、私が聞きたいのはキラメキマンのことなんです。」
 芝田先生の顔色がさっと変わった。
「なっ、なんのことだい?あっ、先生は次の授業の準備があるから悪いけど昼休みに物理準備室の方に来てくれないかな。」
 芝田先生は私の返事を待たずにものすごい勢いで階段を駆け降りていった。意外に速いなあ。戦隊の司令官は伊達じゃないな。
 どかっ、ぼこっ、ぐしゃっ、ひえーーー。
 なんだ、慌ててただけなのか。って、それどころじゃないじゃないか。
 私は階段を駆け降りて芝田先生を探した。芝田先生は階段を降りたところに複雑な姿勢で倒れていた。器用な落ちかたをしたんだなぁ。あれじゃ骨を折ったかも……。芝田先生ってひょっとして運動神経がないのかな。
「き、清川君。すまないが私を保健室まで運んではくれないだろうか?」
 芝田先生は複雑な姿勢のままそう言った。うーん、でも骨が折れてるとしたらこの姿勢を解くのはちょっと危ないと思う。私はまず芝田先生の体を調べた。まず頭にでっかい瘤、他は……。うん、大丈夫みたいだ。
「芝田先生、ラッキーだったね。骨に異常はないみたいだよ。」
「もちろんだとも、この強化白衣は伊達じゃ……、あわわわわ。」
 芝田先生、それじゃ正体を明かしてるのといっしょだって。
「いや、あのちょっと頭を打って軽い脳震盪を起こしているみたいなんだ。」
 今更取り繕ってもらわなくても良いんだけど、脳震盪は本当らしいし保健室は目の前だし連れていってあげるか。私は芝田先生を助け起こして保健室まで連れていった。

 そして昼休みだ。芝田先生、復活したかなぁ。考えてたってしょうがない。私はさっさとお弁当を食べて物理準備室に行くことにした。
 ああ、だけどいやだなぁ。良く考えたら私って芝田先生のことが最初から苦手だったんだよね。そりゃ、物理の先生だからってだけの理由だけど苦手なものは苦手なんだ。それに第一あんなビデオ撮られちゃってるし……。
 あれ?あんなビデオ?良く考えたらノゾミの方がよっぽど恥ずかしいじゃない。雷が苦手な女の子はたくさんいるけど、ノゾミみたいな格好で街を歩く女の子は全然いないよね。なーんだ。悩むことなんか全然ないじゃないか。芝田先生にもうノゾミになりませんっていえばそれでおしまいだ。ビデオでも写真でも公開すればいいんだ。そんなの全然恥ずかしくない。
 後は赤点かぁ。赤点はさすがに恥ずかしいなぁ。ん?でも待てよ。試験の問題が難しくなって赤点とるのは私だけじゃないじゃないか。今だってみんな赤点すれすれなのにこれ以上問題が難しくなったらうちのクラスなんてほぼ全員赤点確定だ。なーんだ、芝田先生だってそれじゃ困るじゃないか。ってことはこれも単なる脅しだな。
 そう考えたら一気に気が楽になったなぁ。くっそうー、どうしてあの時にこのことに気が付かなかったのかなぁ。雷が鳴ってたからかなぁ。
 私は意気揚々と物理準備室に向かった。
「芝田先生!」
 がらっと物理準備室の扉を開けると、芝田先生はまだお弁当を食べていた。ううん、もしかするとミスターSのつもりなのかもしれない。だっていつもの眼鏡じゃなくてサングラスをかけているから……。
 でも、芝田先生。いくらなんでも安易だよ。物理準備室でお弁当を食べていて、白衣を着てて、第一座っているのが芝田先生の席じゃないか。それでミスターSだなんて言ったって誰も納得しないよ。
「はっ、早かったね、ピンク。」
「ピンクじゃありません。清川望です。芝田先生、猿芝居はいいかげんにしてください。」
 芝田先生は大きく、本当に大きくため息を吐いてサングラスを眼鏡にかけかえた。芝田先生って本当に芝居がかっているんだから……。
「わかったよ、清川君。正直に話そうじゃないか。」
 さあ覚悟してよ、芝田先生。あれ?芝田先生、なんて悲しそうな目。そんなにこの戦隊ごっこが大切なの?やっぱりおたくだって噂が正解だったの?
「話というのは他でもありません。私はもうノゾミになんてなりません。ビデオでも写真でも公開したかったらそうしてください。でも私はもう絶対にノゾミにはなりませんから。」
 芝田先生は私をじっと見ている。すごく真面目で悲しい目だ。でも私だっていやなものはいやだ。どんなに先生が戦隊ごっこのことを愛しているからって私にはそれに付き合う義理はないんだから。
 芝田先生は私から視線を外して自分の席に座った。やったぁ、勝ったぁ。芝田先生、あきらめてくれたんだ。
「ビデオも写真もとっくに始末してある。安心してくれたまえ。」
 え?うそー。それじゃぁ、今まで私を騙していたの?
「君に、きらめき市の治安を守るためと言ったがそれも嘘だ。」
 ふーん、やっぱりただの戦隊ごっこだったんだね。でもそんなことはもうどうでもいいんだ。私には関係ないんだから。
「守らなくてはいけないのは……。」
 芝田先生は机をどんと叩いて勢いよく立ち上がった。反動で先生の椅子が大きな音を立てて倒れた。
「地球の平和だ。」
 芝田先生はくるっと振り返って私の方を見た。真剣な目だ。でも、地球の平和?今更そんなことを言っても聞かないよ。その場しのぎに適当なことを言ってるんじゃないの?
 芝田先生は私の考えを読み取ったのか、ため息を吐いてこう付け加えた。
「清川君、今まで騙していてすまなかった。しかし、今度こそ本当なんだ。」
 芝田先生、いったいどういうつもり?公園の掃除や暴走族への指導がどう世界平和に関係があるというの?人を騙すつもりならもっと信じやすい嘘を付いて欲しいなぁ。
「君たちはまだ経験不足だった。もう少し訓練を積んでから真実を告げようと思っていた。しかし、そうも言っていられないようだ。今日、真の敵を君たちに見せよう。今まではイエローが一人で彼らと戦っていた。しかし、今日から君たち全員が戦うんだ。」
 その時、私の後ろから声がした。
「真の敵?そんなんがホンマにおるんですか?」
 私は振り返った。そして山元先輩が、間淵先輩が、早乙女君がそこに立っているのを見た。いつのまに来たんだろう。彼らもキラメキマンを止めると言いに来たのかな?
 彼らはいつになく真剣な顔付きをしていた。ううん、真剣というより自分の芝居に酔ってる感じだ。もう、乗りやすいんだから。こんなんだからあっさり騙されてキラメキマンなんてやらされちゃうんだよ。私も他人のことは言えないけど……。
 山元先輩の言葉に芝田先生が返事をせずにいると、早乙女君が芝田先生に詰め寄ろうとした。それを間淵先輩が押しとどめると山元先輩がもう一度言った。
「俺ら、今朝気ぃ付いたんや。芝田先生に操られるだけやったらアカンって。そやから教えてください。ホンマにそんな敵がおるんですか?それともキラメキマンっちゅうのはただの悪ふざけなんですか。」
うーん、山元先輩言うときは言うなぁ。でもちょっと自分に酔いすぎかな。こんなんじゃまた騙されちゃうよ。他の二人を見てみると、早乙女君はかなり怒っているみたいだ。これもだめだな。冷静でいないと芝田先生の罠が見抜けないよ。残った間淵先輩は……。うーん、カメラで顔が隠れていて表情が分からない。これはこれで良い作戦かもしれないなぁ。
「単なる悪ふざけだったらどれだけ幸せか。」
 芝田先生は重々しい口調で話しはじめた。芝田先生、こんな話し方ができたんだ。いや、芝居でこんな話し方をしているとは限らないけど……。
「事態は非常に複雑だ。大勢の人間が重火器をお互いにつき付け合っているところを想像して欲しい。誰か一人を倒してもそれで解決になるどころか、それが引き金になって大殺戮が始まってしまうかもしれない、今はそんな状況なんだ。」
 うーん、まじなのかなぁ。それって今の世界状況のことだよね。そりゃ、私はそういうことにはあんまり興味がないけど、それにしたってそんなにやばい状況だったらいくらなんでも耳に入ると思う。
 山元先輩が何か言おうとするのを芝田先生は制して続きを話した。
「具体的には君たちが着ている戦闘服だ。これが大量生産されてどこかの軍に配備されたらどうなるだろう?」
 そのとき私は初めてノゾミスーツが実はすごい兵器だということに気が付いた。今朝までその力を使ったことはないけど、軽く蹴っただけで早乙女君は5mも飛ばされちゃったし、マニュアルには思い切り走ると時速70キロくらい出るって書いてあった。防護能力の方はそのスピードで体当たりしても大丈夫ってことだけどでもそれって良く考えてみると時速70キロの車にはねられても平気だってことじゃないか。銃弾も刀も止められるって書いてあったし、これを着た兵隊だったら戦車とだって戦えるかも……。
「せやったらなおさらこんなスーツは秘密にしとくべきでしょう。」
 おおっ、鋭い指摘!本当にやるときはやるね、山元先輩。見直しちゃったなぁ。
 でも芝田先生は悲しそうに首を振った。
「残念ながらこのスーツは私のオリジナルではない。私はこのスーツの核の部分を幾つか入手してそれをスーツに仕立てただけだ。そして、その核を作った者は今ある恐ろしい計画を進めている。私は、いや我々はそれを秘密裏に阻止しなければならない。もしその計画が実行されれば世界は大変なことになってしまうからだ。そして、計画の阻止に成功しても、もしこのスーツの存在が世間に知れたらやはり大変なことになってしまうだろう。」
 先輩たちはしーんとしてしまった。100%信じたってわけじゃないみたいだけど、スーツが存在することも、それが軍に採用されたらおおごとなのも確かに納得できるからなぁ。でも、なんだか今一歩納得がいかないんだ。やっぱりでまかせなんじゃないかなぁ。そうでないとしたら芝田先生はまだ何か重要なことを隠しているんだと思う。
 先輩たちが何も言わないんで私は自分でその疑問を芝田先生にぶつけてみることにした。
「先生、先生の言っていることは正しいような気がするんですけど、やっぱり信じられないんです。なんか、こう……、今まで私たちがしてきたことと合わないと思うんです。」
 私は怒るんじゃないかと思ったけど、芝田先生はなぜかだ嬉しそうに笑った。
「清川君、その科学的な物の考え方は素晴らしいですね。授業中もそういう考え方ができたら成績ももう少し上がるんですが。」
 意外な言葉に私は何も言えなくなってしまった。先輩たちもどう反応したらいいのか分からないみたいだ。こんなときに突然教師の顔に戻るなんて反則だよね。
「これ以上説明しても君たちは納得できないだろう。だからまず本当の敵に会ってもらいたい。そして君たち自身で判断してもらいたい。キラメキマンが必要なのか、必要でないのかを……。」
 なんだか私がここに来た目的ははぐらかされてしまったみたいだけど、もし先生のいうことが本当だったりしたら困るし、ここは先生のいうことに従ってみるしかないような気がする。先輩たちもなにかぼそぼそ話していたけど結局先生の言う通りにすることにしたみたいだ。うーん、なんだかまた騙されたような気がするなぁ。私ってお人好しなのかなぁ。
「もう昼休みもおしまいだ。みんな、教室に戻りたまえ。指令は夕方、喫茶キラメキマンに送る。今日は帰りにそこに集まってくれたまえ。」
 やっぱりまた騙されたような気がするなぁ。真の敵とか言ってまた野球部員だったりするんじゃないかなぁ。
 私たちはしぶしぶ物理準備室を後にした。廊下に出た直後に山元先輩がぽつりと言った。
「間淵。なんやまた騙されたような気ぃせぇへんか?」
「納得できたようなできないような、そんな気分だよ。」
 先輩たちも納得がいかないみたいだ。そりゃそうだよね。あれ?早乙女君、なんだか嬉しそう。
「でも、先輩。清川さんの変身後の姿はもう一回くらいみたいじゃないですか。」
 先輩たちの顔がぱっと明るくなった。
「そうか、そうやったなぁ。まだ一回しか見てへんしな。」
「山元、今日は忘れずにビデオを持ってこいよ。」
 がーん、そうだった。私は世界平和なんてどうでもよくってあの格好をしたくないだけだったんだ。やっぱり騙されてるじゃないかぁ。
「いやぁ、世の中悪いことばっかやないなぁ。」
 あーん、悪いことばっかりだよぉ。これもみんなあの日の雷が悪いんだ。雷なんて本当に本当に絶対に嫌いだぁ。


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