第一章 バイバイ、タキシードマスク

 からーん。
 喫茶キラメキマンの扉をあけると、やっぱり客は一人もいない。いっつもいないんだよねぇ。
 デビイが来たときは貸し切りにしてあったけどそんな必要は全然ないじゃん。だって、いっつもいっつもがらがらなんだからさ。こんなんで経営成り立ってるの?
 あれ?経営?それに喫茶キラメキマンって名前……。もしかして、ここの経営者って芝田先生?
 ……芝田先生って、謎。
 そういえば私達のスーツっていったいどこで作ったの?学校じゃちょっと作れないよね。お医者さんの資格も持ってるって言ってたし、もしかして芝田先生って大金持ち?家にどかーんと大研究所とか持ってたりする?
 ううん、そんなことないよね。いつもぼろい服を着てるし、コーヒー代だっていつも割り勘だし……。
 そう、いっつも「貧乏だ、貧乏だ」って自分で言ってるよね。芝田先生って基本的に信用できないけどこればっかりは嘘じゃないよねぇ。
「いらっしゃいませぇ。なんにいたしましょ?」
 すっかりウェイターが板についた山元先輩だ。ウェイターをしている山元先輩ってなんか嬉しそうなんだよね。もしかするとこういうサービスっぽい仕事って山元先輩に会ってるかも。
「お水。私、今月結構厳しいんだ。」
 だってさぁ、しょっちゅうここに来てるんだもん。最初のうちしばらく律儀に注文していたもんだからもう本当に金欠になっちゃったよ。
「はいはーい、エビアン、ペットボトルで千五百えーん。」
 山元先輩はくるくる回りながらカウンターの中に入っていった。
 ちょっちょっと待ってよ、山元先輩。私が欲しいのはただの水。そんな高い水を飲むくらいなら、チョコレートパフェとかチョコレートサンデーとかとっくに頼んでるってば。
「エビアン、ペットボトルで千五百えーん。」
 山元先輩は変な歌を歌いながらコップに氷と水を入れている。
 もう、山元先輩。心臓に悪いギャグを飛ばさないでよ。
 財布が軽いときの心細さって先輩もわかるでしょ?
「エビアン、ペットボトルで千五百えーん。」
 山元先輩はまたくるくる回りながら水を運んできた。
 うーん、良くこぼさないなぁ。私だったらそこらにぶちまけちゃうかも。
 もしかして、意外に運動神経が良かったりする?あ、運動神経じゃなくてバランス感覚かも。
 でもいずれにせよ良さそうには見えないんだけどなぁ。
 もしかするとギャグを飛ばすときに限って限界以上の能力を発揮する?うーん、山元先輩だけにありそうな気がする。
「お待たせしましたぁ。」
 山元先輩はバレエみたいなポーズでコップを机に置いた。これってなんのポーズだっけ?前にも山元先輩ってこんなポーズ取ったよね。そのときなんて言ってたかなぁ。うーん、確か……、瀕死の白鳥?
 それにしても、山元先輩、乗りすぎだよ。水を出すのにいちいち瀕死になってたら白鳥だってたまらないと思うよ。
 まあ……気持ちはわかるけどね。デビイとの戦いを控えて本当は緊張しているんでしょ?そうして自分の気持ちをごまかしていないと緊張で……。
 ごまかしていないと……?
 ごまかして……。
 ああああああぁぁぁぁぁぁ!
 大変なことを忘れていた。なんでこんな大切なことを忘れていたんだろう。
 私は思わず机をばーんと叩いた。コップが3センチくらい飛び上がって中の水が机にこぼれる。
「ど、どないしたんや、清川さん。」
「山元先輩。ちょっとかばんをお借りできます?」
 私は顔を伏せて突然湧き上がった怒りをできるかぎり隠してそう言った。そう、私は怒っている。どうしてこの怒りを今まで忘れていたんだろう?
 山元先輩、絶対に許さないからね。
「な、なんや。唐突に……。」
 声が嘘を突いている。山元先輩も心当たりがあるんだ。
 あったりまえだよ。心当たりがないなんてはずはないもの。今までずっと忘れた振りをしてとぼけていたんだ。
 許せない。絶対に許せない。
 私は顔を上げてできる限り厳しい顔つきで山元先輩を睨んだ。でも、そんな必要はなかったかもしれない。山元先輩はすっかりびびりあがっている。
 それにしてもびびりかたが激しすぎる。これはもしかすると……、もしかすると……。
「今、『望、第一章』、持ってますね?」
 ぴっきーんという音が聞こえるんじゃないかと思うくらいの勢いで山元先輩が硬直した。
 かまをかけてみただけだけだったけど大当たりだったみたいだ。もともとは例の回覧誌のことで怒ってたんだけど、こうなったらもうそれだけじゃすまない。あの怪しい「望、第一章」、絶対に見せてもらうからね。
 ううん、見せてもらうだけじゃない。絶対にろくでもないものなんだから徹底的に懲らしめてやるんだ。もう、絶対、徹底的に徹底的に懲らしめてやるんだ。
「出しな。」
 山元先輩はぼろぼろ涙を流して首をぶるぶる振る。
 どっかーん。
 私が机を蹴っ飛ばした音だ。ものすごい勢いですっ飛んでいく。もちろん、机の向こうに立っていた山元先輩も道連れだ。
 山元先輩は隣の机をなぎ倒してカウンターにぶつかって倒れた。私はすばやくダッシュして倒れている山元先輩を踏みつける。
「おらおら、とぼけてんじゃねぇよ。さっさと出しちまいな。」
 いくらなんでも言葉が汚すぎるなぁ、なんて考えは全然頭に浮かばない。何しろ死ぬほど怒ってるんだ、私は。
 だいたいこないだっから山元先輩達の態度があやしすぎる。もう回覧誌とか見られているのにそれでもこんなに見せたがらないってことは「望、第一章」はもっとずっとずっとひどいものに間違いない。
 くっそー、許さない。許さないよ。
 私は山元先輩を踏みつけている足にぐっと力を……。
「待ちたまえ。」
 待てと言って待つ奴が……え?この声は……。
 私は声をした喫茶店の奥を振り向いた。なんで?ここには私と先輩しかいなかったはず。それなのになぜ?
 私の目に写ったのは黄色いミニドレスと黄色いハイヒール……。
「レディレイ!」
 それは確かに間違いなくレディレイだった。でも、でも、なんでもう変身しているの?敵がいるときはそうでもなかったけど、こうしてなんでもないときに見るとまるでコスプレ……。
 まるで、コスプレ?
 がーん、そうだった。私なんかミニドレスどころか競泳水着で、しかもレディレイと違ってマスクもなしで町をうろついていたんだったぁ。
 あー、せっかく忘れていたのに思い出しちゃったよぉ。あー、コスプレ、あー、コスプレぇぇ。
 私はその場にへたり込んでしまった。
 その場というのはもちろん山元先輩の上のことだ。いくら私が忘れっぽいからってそうそう何でも忘れるわけじゃないよ。「望、第一章」のことは絶対に償ってもらうからね、山元先輩。
「いいかげんにしたまえ、清川く……清川さん。」
 レディレイはそういうとカウンターの向こうに向かって歩き始めた。
 でも、いいかげんにしろって言われてもそうそう簡単にいいかげんにできないんだよ。
「君の気持ちはわからないでもない。だが、我々にはこれから重要な戦いが待っている。その前に貴重……とはいえないかもしれないが数少ない戦力を自らの手で減らしてもらっては困るんだ……のよ。」
 それは確かにそうかもしれないけどさ。
 あれ……レディレイ?何しているの?
 レディレイはカウンターの向こうにかがんで何かしている。
「ほら、あなたが探しているのはこれでしょ?」
 レディレイは何かをこちらに放った。
 薄くて白っぽい表紙の本……。これは……、これは……、「望、第一章」だ!
「ぐわぁぁぁ。」
 山元先輩が獣のような声を上げて手足をばたばたさせる。
 でも、どうにもならないね。山元先輩は私の足の下だし、第一、本はどんぴしゃ私の胸に向かって飛んでくる。
 よーし、とりあえず「望、第一章」の中身を確認してそれから……。
「ああ、こうなったら最後の手段や。ごめん、清川さん。許したってやぁぁ。」
 山元先輩は私のスカートを勢い良く捲り上げた。
「きゃー!」
 私は思わず飛びのいてスカートを押さえた。
 あー、しまったぁ。
 山元先輩はがばっと起き上がると、ジャンプ一発、飛んできた「望、第一章」を掴むとそのままカウンターの向こうに飛び込んだ。
「すまん、上田。弁償する気はまるでないけど、許したってやぁ。」
 山元先輩はコンロの上に「望、第一章」を乗せるとかちんと火をつけた。
 ああー、燃えるぅ。燃えちゃうう。
 私はなすすべもなく「望、第一章」が燃え上がるのをを見つめている。
 ああ、燃えちゃう。せっかく、せっかく証拠を掴めると思ったのに。ううん、それ以上にどんな内容だったかすごく気になったのに……。
 ところで、今、パンティ見えちゃったよね?あーん、ひどいよ、山元先輩。今日はどんなのをはいてたっけ。確か……ってそんなことを考えている場合じゃなぁぁい。
「あー、上田。すべて身から出たさびや思て諦めたってくれぇぇ。」
 山元先輩はその場に崩れ落ちた。多分、泣いているんだろう。いつもそうだけど、若干自分に酔ってるのかもしれない。
 甘いよ、山元先輩。これで終わったと思うなんて心底甘いよ。山元先輩の頭の中ではこれでおしまいかもしれないけど私はスカートをめくられちゃった分、ますます怒っているんだからねぇ。
 私は立ち上がるとぱたぱたとスカートの埃をはらった。
 そう、これからなんだからね、山元先輩。
「やーまーもーとーせーんーぱーいー。「望、第一章」もなんですけど、今、何をしたのかわかってます?」
「がびーん。」
 山元先輩は大きく開けた口をはさむように両手を頬に当てた。あ、このポーズ見たことある。そうそう、彩子もショックを受けたときに「おーまいごーっど」とか言いながらこんなポーズを取ったっけ。確か教科書にも載ってる。ムンクの……「叫び」?
 山元先輩、この期に及んでギャグを飛ばすなんてまだ余裕があるじゃないか。
 でも、それももうおしまいだよ。そんな余裕、私がすべて吹き飛ばしてやる。
「やーまーもーとーせーんーぱーいー。いやさ、山元!」
 山元先輩の顔から血の気が引く。
「覚悟は出来てますね!」
 山元先輩がぶるんぶるんと首を振る。でもそんなことは気にしない。山元先輩の準備ができてなくったって私の準備は完璧だ。
「二人とも、いいかげんにしないか。ほら、お客さんが来たようよ。」
 今はお客さんなんかどうでもいい。どうせ滅多にこないんだから。それより山元先輩だ。
 私は一歩、カウンターに向かって進んだ。
 カウンターの向こうで山元先輩ががばっと立ち上がって……扉の方を見つめる。真剣な表情だ。
 私はもう一歩カウンターの方へ進もうとしてそこで気がついた。お客さんの意味を……。
 私は扉のほうを振りかえって身構える。
 私は格闘技なんてまるでわからない。でも、自分なりの戦いの準備を整えた。もともとテンションは高かったからもうばっちりだ。
 からーん。
 扉を開けて入ってきたのは……芝田先生じゃないかぁ。
 私の構えていた両手はがっくり落ちた。山元先輩なんかその場にどったーんと倒れこんだ。
 レディィィレイィィ、それはないんじゃない?
「ん、どうしたんだ?この荒れ様は……。清川、またお前が暴れたのか?」
 ま、またって芝田先生。そ、それは違うよ、芝田先生。それじゃあ、私がしょっちゅう暴れているみたいじゃないか。
 そりゃ、今日は暴れたかもしれないけど、それにしたって今日は山元先輩が悪いんだし、それってやっぱり違うよ。
「ほー、相変わらず仲がいいですね。仲良くご同伴出勤ですか。」
 私が否定の声をあげる前にレディレイがそう言った。
 ご同伴出勤?それって、なんのこと?誰かと一緒に出勤するってこと?
「そんな事言わんといてや。そこでいっしょになっただけや。」
 芝田先生に続いて扉をくぐってきたのは馬鹿みたいに大きなサングラスをかけて真っ赤で龍虎の絵が入った白衣を着た変な女、デビイだ!
 デビイは芝田先生の前に進み出ると山元先輩の方を見て、いやそうに手を振った。
「あー、もう友達の気持ちもわからんつまらん男や。私らの真剣勝負に混ざろうなんて10年早いわ。」
 そういうとデビイは格闘ゲームのようなポーズを取った。
「あなたには友達甲斐が足りないわ。」
 デビイはケタケタと笑った。そればかりかきっちり手の甲を口に当てている。
 これは挑発だ。だめだ、山元先輩。乗っちゃいけないよ。
「冗談やないぜ、このアホンダラ!」
 飛び出そうとした山元先輩の左手をレディレイがすばやく飛び出して掴んだ。
 ナイス、レディレイ。このまま飛び掛ったらデビイの罠にしっかりはまってしまうところだよ。
 のんきにデビイとやってきてのんびり山元先輩の暴走を眺めていた芝田先生も流石にまずいと思ったのかデビイの前に進み出てこう言った。
「落ち着くんだ、ブラック。」
「あ、ああ、せやったな。」
 山元先輩は……とりあえず落ち着いたようだ。本当にナイス、レディレイ。ほんのちょっとナイス、芝田先生。
「へー、女の子に止めてもらって良か……。」
「よさないか、デビイ。」
 デビイは芝田先生の言葉で黙った。
 でも、なぜ?芝田先生もなぜデビイにそんなことを言えるの?
 デビイも敵なんでしょ?なんでおとなしく芝田先生の言うことをきくの?私だったら絶対に無視しちゃうよ。
「お前は今日、決着を付けに来たんだろう?そんな小細工は止めたらどうだ?」
 デビイは口をとんがらかして、その前で人差し指を振る。
「あーら、心外やわ。あんな雑魚ばっかり送りこんで私を挑発しようとしたのは一体誰やっちゅーねん。」
「雑魚やとぉ。」
 山元先輩はレディレイの手を振り解いてデビイに飛び掛った。
 なぜ?変身しているレディレイの手をどうしてふりほどけるの?
「ほーら、来た。甘ちゃんがぁぁ。」
 デビイの手がぐっと伸びて飛び掛った山元先輩の首を掴んだ。
 うそ、本当に伸びてる。何?何が起きてるの?デビイってもしかして外見が変なだけじゃなくて身体も変?
 芝田先生、そんなにそばにいるんだから何とかして。あー、だめだ。芝田先生ってば、白衣を着てないよ。どうして着て来ないの?本当に戦うつもりがあるの?
「さあ、せっかくこうして来てくれたんやし、あんたのウォッチも取らせてもらうわ。」
 デビイが手にこめた力を緩めたのか、手足をばたばた刺せていた山元先輩がちょっと落ち着いて首にかかったデビイの手をがっしり掴んだ。
 チャンス!でも飛び込めない。芝田先生、邪魔だよぉ。
 レディレイは?あー、だめだぁ、彼女は遠すぎる。あそこから飛び込んだんじゃ山元先輩の二の舞だよ。
「ほーれ」
 デビイが山元先輩をぐっと高く持ち上げる。
 その時、山元先輩の体がぴかっと光った。
 なに?一体どうしたの?光が収まるとそこにはタキシードマスクが……。
 なに?どうしたの?なぜ、勝手に変身したの?
「よし、自動防御機構だ!」
 芝田先生がガッツポーズを取っている。
 そんなのがあったのか。知らなかった。
 でも、チャンス。今しかない……けど、あー、本当に邪魔だよ芝田先生、ポーズなんか取ってる暇があったらそこからどいてくれないかな。
 しかたがない、私の方が芝田先生が邪魔にならない位置に移動しよう。でも、デビイに気づかれないようにゆっくり移動しないと……。
「動かんといてや。」
 私が飛び込める位置に私の方が移動しようと一歩足を出したとき、デビイがそう叫んだ。
 デビイのもう一方の手が伸びてタキシードマスクの手を掴む。そしてびりびり赤い白衣を破いてさらに三本の手が伸びてきてタキシードマスクの手足をすべて押さえてしまう。
 そうか、最初の手も偽物であれは全部デビイの背中から生えているんだ。
 デビイの破けた白衣の下に本当の手が胸の前に組まれているのが見えた。
「ほれ、行くよ。」
 ばりばりっと音がして、デビイの偽の腕から電気のようなものがタキシードマスクの体を包む。
「ぐわぁぁ。」
「しまったぁ。」
 芝田先生が頭を抱えてその場にしゃがみこむ。
 今度こそチャーンス。
 私は芝田先生の頭越しに大きくジャンプしてデビイの跳び蹴りを食らわせ……ようと思ったんだけどデビイの背中からもう一本偽の手が伸びてきて私を弾き飛ばした。
「ふっふっふっ。触手は五本だけじゃないってことや。」
 そうか、あれは偽の手じゃなくて触手って言うのか。
 なんて、考えている暇はない。早くなんとかしないと、山元先輩が……。
 あれ?私も変身してる?そうかこれが自動防御装置か。
 でも、それって逆にいうと触手一本でもスーツがないと耐えられないくらいの衝撃があるってことかだよね?これは気をつけてかからないと。
 でも、じゃあ、一本でも大変な手に五本で掴まれているタキシードマスクは……。大変だ。早く助けなくちゃ。
 私はぽんと跳ね起きるとデビイにもう一度攻撃を仕掛けようと……。
「止めるんだ、清川君。」
 え?レディレイ?
 どうしてなの?早く助けないとタキシードマスクが……。
「さすが、レディレイ。状況が良くわかっとるようやね。」
 状況って何の事?一刻も早くタキシードマスクを助けないといけないって事じゃないの?
 ばちっ。その時、タキシードマスクの体からはじけるような音がした。
 一体、何が起こったの?
 タキシードマスクの体が二、三回鈍く光るとぴかっと激しく輝いて……あー、変身が解けちゃった。
「やっぱり、ショートしたかぁ!」
 芝田先生の叫び声が部屋中に響いた。
 ショート?こんなときにのんきに野球の話をしてどういうつもり、芝田先生。ぼけはもっと暇なときに飛ばしてよねぇ。
 ……ってぼけているのは私か。ショートって電気がはじけることよね。良くわかってないけどとにかくそんなことだったよね?
「おーっと動かんことや、二人とも。今私に衝撃を与えると私にそんなつもりがなくてもこいつの首くらい折れるかもしれん。」
 そ、そうか。でも、それじゃあ、私たちは手出しできないってこと?
「もう少しなんやから、大人しくそこで見とってや」
 デビイは私をはじき飛ばした六本目の触手を山元先輩のウォッチに伸ばした。
「ううっ、やめろ、やめるんや。」
 山元先輩の声が弱々しく響く。
 私にできることは何もないの?ただこうして山元先輩がデビイにやられるのを見ていることしかできないの?
 デビイの触手が山元先輩のウォッチに絡み付く。
「ふふふっ、さあ、最後に何か言いたいことはあるか?」)
 喉にかかったデビイの触手がするっと緩むのが見えた。それと同時に山元先輩が私の方を見て叫んだ。
「清川さん、俺はキラメキマンのことを……、いや、他の何を忘れても、絶対に忘れへんから!」
 何?何を言ってるの、山元先輩?
「俺は俺が清川のファンやっちゅう事は絶対に忘れへんからぁ!」
 山元先輩!
「何をくだらんことを…」
 山元先輩のウォッチとデビイの触手の間を電光が走る。
 ばちっと激しい音がして山元先輩の体がびくんと跳ねる。
「うわーっ。」
「山元せんぱーーい!」
 デビイの触手がしゅるっと縮んで背中に収まる。山元先輩はどさっと床に落ちた。その手にはもうウォッチはない。
「山元せんぱーーーい!」
 私はもう一度叫んだ。山元先輩は返事をしない。気を失ってしまったみたいだ。
 デビイが癇に障る高笑いをあげた。
「ほら、雑魚がいきがるから。」
「雑魚なんかじゃない!」
 それは私の声だった。
 泣きたいくらい悲しい。でも涙は出てこない。
「山元先輩は雑魚なんかじゃない。」
 芝田先生が、レディレイが、デビイが私を見ている。
 デビイ、私はあんたを絶対に許さないよ。


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