第四章 山元先輩の怒り

 馬鹿だ。私は本当に馬鹿だ。危険だって分かっていたのに、三分じゃ無理だって思っていたのに間淵先輩をあのまま行かせるなんて……。私は本当に馬鹿だ。馬鹿で馬鹿でしょうがないくらい馬鹿だ。
 早乙女君がデビイにあんな目に会った次の日、間淵先輩がスパイをはじめたその日、朝練からどうしても集中できなくて、授業中もずっとイライラしていて、昼休みになったら間淵先輩の教室に行こうと思っていたその時に、私は放送でまた保健室に呼び出された。
 そして今、女子トイレに入り込んだところをデッキブラシで袋叩きにされた間淵先輩が、私の目の前で保健室のベッドに寝ている。左手のカメラウォッチはもちろん外されていて、多分キラメキマンの記憶もなくなっているんだ。
 こうなるって分かっていたのに。ううん、分かってはいなかった。でも分かって当たり前だったのに。
「間淵!」
 山元先輩が勢い良く飛び込んできてくれたおかげで私は涙を流さないですんだ。
「間淵!おい、間淵!」
 山元先輩が間淵先輩を揺り起こそうとする。
「止めるんだ、山元」
 芝田先生が山元先輩の肩に手を当てて引き戻した。
 先生、そりゃ、先生はそういうキャラクターなのかもしれないけど、それにしても妙に冷静じゃない?早乙女君に続いて間淵先輩までこんな目に合わされて悔しくないの、先生?
「先生、間淵は……、間淵は……。」
 さすがの間淵先輩もベッドに寝ている今はカメラを構えていない。
 ううん、女子トイレに入り込んだときからカメラは構えていなかったって先生が言っていた。
 違う、そうじゃなくって構えていなかったって聞いたって先生が言っていた。
「間淵はデビイにやられたんですね。」
 突然冷静になった山元先輩が芝田先生にそう言った。
 いけない。私も冷静にならなくっちゃ。もう間淵先輩もみんな忘れちゃっていて私たちだけでなんとかしなくちゃいけないんだから。
 首を大きく振って改めて山元先輩を見てみると……、ううん、ぜんぜん冷静になんかなってない。山元先輩の顔、真っ赤だ。芝田先生の腕を握っている両手がぶるぶる震えている。
 一方、芝田先生は困ったような顔をして山元先輩を見つめている。なんでそんなに冷静なの、芝田先生?どうして?ねぇ、本当にくやしくないの?
「場所を変えよう。」
 先生は静かに扉に向かって歩いた。扉に手をかけると私たち二人の方を振り返った。でも、何も言わない。眼鏡の向こうから優しげな?問い掛けるような?ううんそうじゃない、なんだか不安そうにも怯えているようにも見える目でこちらを見ている。悲しそうな、疚しそうな感じでもある。
 先生、怒りは?先生、本当に怒ってないの?
 山元先輩がちっと首を振ると先生に向かって歩き出した。十歩ほどの間にちっちっちっと何度も首を振った。先生に、怒りを見せたいんだと思う。ううん、そうじゃなくて怒りのポーズを取って気を紛らわせたいじゃないかな。でも、山元先輩。それじゃチンピラだよ。それじゃいけないんだ。
 二人からちょっと遅れて私も廊下に出た。三人で昨日と同じ応接室に向かう。その間も山元先輩はいかにもつばを吐きそうな感じで、いかにも両手をポケットに突っ込みそうな感じで不満をあたりに撒き散らしていた。
 私は、私は……。私はどうなの?しょげてたり泣いてたりしてる場合じゃないのに私は何をしょんぼりしているの?
 こんなの私らしくない。間淵先輩だって怪我をさせられたわけじゃないんだから、私がデビイをやっつけちゃえばいいじゃないか。そうだ、清川望!しっかりするんだ。
 私は勢い良く芝田先生と山元先輩を追い越すとがらっと応接室の扉を空けた。
 そして私は硬直した。
「こっ、校長先生!」
 応接室の中では校長先生が誰かと話していた。
「おや、これは失礼。校長先生がご使用中でしたか。」
 芝田先生の声が後ろから響いた。
 うわー、こんなことなら芝田先生に扉を空けさせれば良かった。
 その時、私たちに背を向けて座っていた校長先生としゃべっていた人がこちらを振り返った。白衣で美人で……、私、この人知ってる。隣のクラスの……、たしか紐緒結奈さんだよね?
「構わないわよ、芝田先生。私たちの話は終わったところだから。そうよね?校長先生。」
 紐緒さんは校長先生の方を振り返りもせずにそう言った。うわー、噂通りの他人を馬鹿にしきった態度。成績が良いから先生も誰も逆らえないって聞いてたけど、校長先生にも容赦なしだぁ。
「あ、う、うー。芝田先生、構わないから使ってください。」
 へー、校長先生も頭が上がらないんだ。すごいなぁ、もともとの噂もすごかったけど、現実はもっとすごい感じ。
「じゃあ、私はクラスに戻るわ。」
 そう言って紐緒さんはソファーから立ち上がるとソファーをぐるっと回って来ると私の前に立ち止まった。
 いっけない。私ったら出口をふさいじゃってるわ。私は慌てて脇にどいた。
 ……紐緒さん?
 私がどいても紐緒さんは外に出ようとしなかった。私の方をじっと見ている。
 なに?どうしたの?もしかして私、紐緒さんを怒らせちゃった?謝ったほうがいいかなぁ。
「あのー。」
「楽しみね、清川さん。」
 私の言葉にかぶせるようにそう言うと紐緒さんは外へ出ていった。
 何?どうしたの?何のこと?
「清川君。がんばってくれ、期待しているよ。」
 私が呆然と清川さんを見送っている後ろから声が聞こえた。校長先生だ。私が振り返るとそこには私をじっと見詰める校長の顔があった。
 実は私は校長先生からそう言われるのはこれが初めてじゃない。インターハイの時も国体のときもアジア大会のときも校長先生はそう言っていた。
 でも、こんな真剣な顔で、こんな切迫した顔でそう言われたのは初めてだ。いつもはもっとにこにこしてがんばれって言葉もベストを尽くせという感じなのに、今の言葉は、そう、絶対勝ってくれという意味だ。私はそういう言葉も聞きなれているから絶対に間違いない。
 でも、校長先生。私はとうぶん試合の予定はないのにどうして?
「じゃあ、芝田先生。よろしく頼むよ。」
 校長先生は芝田先生の手をがっしりと握った。
 何を?って突っ込みたいところだけど、先生同士の話に首を突っ込んでもしかられるだけだしなぁ。
 あれ?突っ込みたいなんて、私ってそんなキャラクターだったっけ?もしかして山元先輩の影響を受けている?まずい、それはまずいよ。いくら私が男っぽいからって山元先輩みたいにはなりたくない。絶対に絶対に気をつけなくっちゃ。
 ぶるんぶるんと私が首を振ると……、校長先生はまだ芝田先生の手を握っている。芝田先生が「わかりました」とか「任せてください」とか言わないからだよ、ね?
 どうしたの芝田先生?なんか困ったような顔をして……私を見ている?どっ、どうして?
 もしかして、校長先生のよろしくって私に期待していることと関係している?
「あのー、校長先生。良くわからへんのですけど、それってもしかすると……。あのですね。なんちゅうか、あれに関係してます?」
 キラメキマンのことですか?とは流石の山元先輩も聞けないみたいだ。それに、そもそもそれ以前に校長先生に話し掛けることに緊張しているってのもあるんだと思う。そうかぁ、流石に流石の山元先輩も校長先生には緊張するんだぁ。なんでもありのお調子者だと思っていたけど一応限界があるんだなぁ。
 校長先生が驚いて山元先輩を見つめる。
「君は……、君は……。何君だったかな?」
 私はずっこけそうになるのを必死に押さえた。もちろん山元先輩はしっかりずっこけてみせる。やっぱりね。そうだと思ってたんだ。あー、良かった。山元先輩とそろってずっこけていたりしたら立ち直れないところだった。
「ま、と、とにかくそういうことで……。」
 校長先生は芝田先生の手を振りほどいてそそくさと立ち去った。自分から握っておいてその扱いはないんじゃない?という気もするけど、まあ、校長先生だしそれもありかな。
「まあ、とにかく入ろう」
 芝田先生は振りほどかれた両手を水を払うように振りながらそう言って応接室に入っていった。
 芝田先生、校長先生も校長先生だけどその態度はないんじゃない?それじゃまるで汚いものに触っていたみたいだよ。って芝田先生の気持ちもわからないじゃないけどさ。
 私と山元先輩は芝田先生に続いて応接室に入った。ここも二日連続だよね。なんだか親しみを覚えちゃうなぁ。なにより学校にあるとは思えないこのソファーがね。この上で昼寝したら気持ちいいだろうなぁ。でもこんなに柔らかいと腰に負担がかかっちゃうかなぁ。
「芝田先生、今の校長先生の話ですけど……。」
 山元先輩がソファーに座らないうちにそう言った。芝田先生はもう座っていて準備完了って感じだけど、私はソファーのふわふわを確かめているところだった。
 おっと、そうだよね。したい話もしなきゃいけない話もたくさんあるんだった。
「ん?校長先生がどうした?」
「あれって、あの、その……。もしかするとですよ?俺は思うんですけど、あれってやっぱり……。」
 あー、もうまどろっこしい。芝田先生になんか遠慮することはないじゃないか。私はきっぱりと聞いた。
「芝田先生、校長先生が言っていたのはキラメキマンのことですか?」
 鼻息荒くなんてのは女の子らしくないけど、ついそんな感じになってしまった。
 でも先生は何を言っているんだという顔でこう答えた?
「何を言っているんだ?」
 やっぱりねぇ。って、そ・ん・な・ことじゃ騙されないよ、芝田先生。
「そ・ん・な・ことじゃ騙されませんぜ、先生」
 おおっ、気が合うね。山元先輩……って気が合っちゃいけないんだってばぁぁ。
「私が生徒を騙したりするもんか。」
 山元先輩の突っ込みも私の葛藤も気がつかない振りをして芝田先生はそう答えた。そりゃまあ、私の葛藤には気がつかなくても当然だけど、それにしたってあまりに嘘八百なセリフじゃない?こないだまで私達を騙していたのはいったい誰?
「先生はただキラメキマンの活動をごまかすために赤点だらけの生徒に個別補修を行うと校長先生に言っていただけだよ。」
 せ、先生。そんなその場しのぎは私達に通用……、通用……。
「な、説得力のある言い訳だと君達も思わないか?」
 つ、通用……、通用……。
「思うだろう?」
 つ、つう……、通用……。
 私は山元先輩のほうをちらっと見た。山元先輩は口を大きく開いて上唇をなめたり、下唇をなめたり、そして目はくるくるとあたりを見回していた。
 説得力を感じているんですね、先輩。うー、私もなんですよぉ。
「分かってくれたようだね。清川君も校長先生の期待に応えないといけないよ。君もいつまでも水泳だけとか頭の中はマルコメ味噌とか言われているわけにはいかないだろう。」
 しっ、芝田先生。人間、言っていいことと言っていけないことと言われてもしかたがないことが……あーん。
「分かってくれたようだね。じゃあ、話を間淵君に戻そうか。」
 ぱっきーん。何かが砕けるような感じで私の頭の中は間淵先輩のことで一杯になった。
 と言っても間淵先輩かっこいいぃとか間淵先輩すてきぃとかいうことではもちろんない。
 私が間淵先輩をあんな目に合わせてしまったことと、デビイが間淵先輩をあんな目にあわせたことだ。
 当然のことだけど乙女として誤解は招かないようにしておかなきゃね。
「そうや、間淵。いや、ちゃう。間淵はあれでええんや。問題はデビイや。」
 いいって、山元先輩?
「そうでしょ、芝田先生。間淵はもうキラメキマンやない。デビイは俺達がなんとかせなあかんっちゅうことでしょ?」
 芝田先生がうむと頷く。
 山元先輩、それでいいの?
「で、俺らに今なにができます?何をするべきなんです?」
 ねぇ、山元先輩。本当にそれでいいの?
 私はどうしても我慢できなくなってそのことを山元先輩に聞いてしまった。
「山元先輩、それでいいんですか?先輩は本当にそれでいいんですか?」
 私が間淵先輩をああしてしまったという負い目があるから、つい強い口調になってしまった。ごめん、山元先輩。先輩を責めるつもりじゃ……。
 山元先輩ががしっと私の両肩を掴んだ。
「ええんや。間淵はがんばった。それでもうキラメキマンやない。そやから間淵はええんや。奴のことは忘れぇ。」
 山元先輩、両手が震えてる。そうか、自分のせいだと思っているのは私だけじゃないんだ。誰よりそう思っているのは山元先輩なんだね。
 ごめんね、山元先輩。私、山元先輩の気持ちをわかってなかった。
 山元先輩は自分が震えているのがわかったのか私の両肩をぐっと強く握り締めると、ふっとその手を離して私の頭を軽くなでた。
「さてと、役得はこん位にしといて、芝田先生。」
 もう、そんな私を怒らせてごまかそうとしたって、もう山元先輩の気持ちはわかっちゃったよ。
 かっこいいね、山元先輩。ちょっと見直しちゃったよ。
「知恵を貸したってください、芝田先生。先生は間淵がああなるんもわかとったんでしょ?」
 芝田先生が目をつぶってため息をつく。
「ああ、分かっていた。」
 山元先輩がその答えを聞いてぴくっと震える。私もだ。そうは思っていたけどはっきり言われると怒りや疑問が次々に沸いてくる。
「だから、何度も危険だぞと彼に念を押したんだ。」
 こらえきれずに山元先輩が爆発した。
「そやったら、なんで俺らにそう教えてくれへんかったんです。」
 芝田先生は再びため息をついた。目をつぶっているままだ。
「だから、危険だと言ったのを聞いていただろう。」
 山元先輩は言葉につまった。
 だめだ、山元先輩。先生はまだ肝心なことを言っていない。こんなことで騙されちゃいけない。
「芝田先生。私、思うんですけど……。失礼かもしれませんけど、どうしても聞きたいんです。」
 その言葉は私が思う前に口から出ていた。
「芝田先生、ごまかそうとしてますよね?ううん、今だけじゃなくて、間淵先輩を行かせた時、私達をごまかそうとしましたね?ごまかしましたね?」
 芝田先生がまたため息をついた。今までのより大きなため息だ。そして目をかっと見開いて私を見た。
「その通りだ、清川君。私はあの時、ああいう言い方をすれば誰も間淵を止めないだろうと思って、危険だぞと言った。」
「先生!」
 山元先輩が突然ソファーから飛び出して、間のテーブル越しに芝田先生を殴りつけた。
 腰が入っていないからぐーで殴ってもさほど効きはしない……なんて冷静に考えている場合じゃない。山元先輩は転がるように芝田先生の上にのしかかってぼこぼこ先生を殴り始めた。
「だ、だめだ。山元先輩。」
 私は慌てて山元先輩を芝田先生から引き離す。でも、すごい力だ。羽交い締めにしたいけど山元先輩の振り回す手の勢いがすごすぎて後ろからしがみつくのがやっとだ。
「無理やり止めれば良かったというのか!それでは間淵の気持ちはどうなる!」
 芝田先生の叫びに山元先輩の力がすうっと抜けた。
「確かに私には間淵を真剣味に欠ける山元と清川の捨て駒にしようという気持ちはあった。」
 それを聞いて山元先輩の全身に再び力がこもった。でも、今度は飛び込めない。山元先輩の力が抜けたときに私が山元先輩をしっかり押さえ込んでいたからだ。
「だが、それは間淵が……、間淵自身がお前らには任せられないと思っていると私が感じたからだ。
 殴られたまま倒れていた芝田先生がぐうっと起き上がって山元先輩の前に顔を付きつけた。
「お前にはそれがわからないのか?それでも間淵の友達か!」
 山元先輩の力はいつの間にかまた抜けていた。私の力もだ。もう押さえているんだか抱き着いているんだかわからない。でも、乙女の気持ちとして抱き着いているんじゃないとは大きな声で言わせてもらうけど……。
「それがわからないなら私を殴れ。清川も山元を放してやれ。」
 その言葉を合図に私は山元先輩から手を離した。
 間淵先輩の気持ち。悪いけど今までそんなことは考えてなかった。本当に悪いけど、考えていなかった。
「間淵の気持ち。」
 山元先輩がぼそっとそう言った。
 その言葉が私の頭の中にエコーで響く。
 間淵先輩の気持ち。
 悲しいような冷たいようなそんな気分が私の心を覆い尽くした感じだ。
 そうだよね。間淵先輩、自分でもきっとこうなるって思っていたんだ。三分しか持たないことを一番心配していたのは間淵先輩に決まってるよね。
「さてと、役得で清川さんの胸を背中に感じたことやし、で、どうしたらええんです、芝田先生?」
 山元先輩ったらこんなときにそんなことを……。ううん、そうじゃないよね。芝田先生を殴ってしまったことを反省しているんでしょ?帳尻を合わせたいんだよね?
 山元先輩みたいだからとか、そんなことはどうでもいいよね。今はお約束でも関西ギャグでも山元先輩をどつかなきゃいけないよね。
 いい?覚悟して、山元先輩。ちょっと本気で行くよ。
「そんなん言うてる場合かぁ。」
 ごっつーん、という効果音を入れたいくらいだ。私は山元先輩を強烈にどついた。
 下手な関西弁でごめんね。でも、これですっきりしてもらえた?
 山元先輩は起き上がってこない。そうか、顔を見られたくないんだよね。大げさにぶっ倒れたのはそのためだよね。ううん、わかるんだ。もっと強烈にどついた時だって山元先輩は「いたいなぁ。」とか言ってすぐに立ち直ってきたもの。
 山元先輩、普通に見たらみっともないかもしれないけど、かっこいいよ。私、本当に見直しちゃったよ。
「山元、そのままでいいから聞いてくれ。」
 芝田先生、それって山元先輩の気持ちを半分しかわかってないよ。
 でも、まあ、芝田先生はそれで目一杯なんだね。今ならわかるよ。芝田先生ってうそつきなのもギャグがそのまんまなのもそれで目一杯なんだよね。そうでしょ?芝田先生。
「私が早乙女と間淵を犠牲にしたのは意味のないことじゃない。卑怯かもしれないが少なくとも間淵は自分が捨て駒になることを分かってくれていたと思う。だから、我々が考えなければいけないのはそれをどう生かすかということだ。」
「そんなん、分かってます。そやから、教えてください。俺らはどうすればええんですか?」
 山元先輩は倒れたままそう言った。
 今、思ったんだけど、山元先輩が倒れたまま、ううん、顔を伏せたままでいるのは苦しんでいる私や芝田先生を見たくないから?
 優しいね、山元先輩。ね、きっとそうなんでしょ?
「彼らが作ったチャンスを生かすこと、彼らの失敗を生かすこと、それはひとつしかない。デビイをこちらに誘い出すことだ。」
 なに?意味がわからない。どういうこと?
 山元先輩も意味がわからないのか相変わらず倒れたまま、こう言った。
「なんです、それは。どういうことですか?」
 その声を聞いて私はぴんと来た。急に分かった。そうか、そういうことですね。
 うつむいていた顔を芝田先生に向けると芝田先生もこちらを見ていた。芝田先生はこくりと頷いた。そうか、やっぱりそういうことなんですね。
 でも何か違和感も感じる。芝田先生の表情にだ。芝田先生、声はあんなに興奮しているのに顔が今一歩冷静だ。どうして?まだ何か私達に隠してるの?
 山元先輩ががばっと顔を上げた。
「もしかして、先生。あいつら二人をやっつけたデビイが油断してこっちの土俵に上がってくんのを期待しとるんですか?」
 芝田先生がにやっと冷たく笑ってそう言った。ううん、勘違いじゃない。冷たく笑った。絶対に間違いない。
「その通りだ。」
 芝田先生?芝田先生?芝田先生?
 山元先輩はこの違和感に気がつかなかったのか勢い良く起き上がると芝田先生にしがみついた。
 正直に言えば、しがみついたと分かったのは山元先輩が芝田先生を殴らなかったからだ。本当なら山元先輩が芝田先生に飛びついたと思ったときに私は山元先輩を止めないといけなかったんだ。
 だって、私は芝田先生の表情に不誠実さを感じたんだし、もし山元先輩がそれを感じ取っていたとしたら、殴るだろうと思ったはずなんだから……。
 私がその疑問を口にしようとしたとき、山元先輩が大声で叫んだ。
「わかったでぇ、先生。デビイを喫茶キラメキマンに誘い出すんやな。」
 ああ!そうか、その手があったか。
 芝田先生が下品ににやりと笑った。ううん、本当にそう見てた。嘘じゃない。本当に下品に見えたんだ。
「そうだ。その通りだ。私達が今日、キラメキマンに集まれば、デビイは絶対に私達をあざ笑いにそこに来る。私達はそこを突くんだ。」
 そうか、芝田先生。そんな卑怯なことを考えていたんだ。
 そうかぁ、そうなんだぁ。そうなんだよね。芝田先生そんな卑怯なことを考えていたんだ。だからあんなに卑怯そうな顔をしていたんだよね。そうかぁ、そうなんだよね。
 山元先輩はそれが卑怯だなんてことは考えていないみたいだ。間淵先輩のあだをうつための絶好の機会を与えられてね。私もそう思うもん。
 よーし、チャンスだ。ラッキーだ。
 私達のこの怒りは……デビイ、あなたのものだからね。絶対に、絶対に償ってもらうよ。
 絶対に、絶対に。


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