[前][戻][次]

■「1998.01.22」眠れない夜、新しい朝

[No.0000000018]高野

・海

【望】あそこの島まで競争だ。いくぞっ!
【男】よぉ〜し、負けないぞ。
ザバザバザバ…
【望】お、がんばるじゃないか。これでどうだぁ。やぁー!
【男】あっ!清川さん水の上を泳ぐなんてずるいぞ!
【望】あははは…、悔しかったら追いついてみろ〜。
【男】いったなぁ。たぁー!
【望】やるな!

クロールしながらどんどん空へと舞い上がっていく二人。
  雲の峰を越えて更に高く…。

【男】よーし、追いついたぞっ。それー!
【望】負けるもんか!
  …おい、何処へ行くんだ?そっちじゃないぞ。
【男】清川さ〜ん、早く!こっちだよ〜。
【望】だめだ、行けない。私はそっちへは行けないよ!
  行くな!戻ってこい!戻ってぇ…。

・清川家〜望の部屋

【望】…夢、かぁ。

  (ゆるゆると右の掌を顔にあて目をこする。)
  (落ちつかないのか、その掌で顔を覆ったまま深呼吸してみる。)
  (しばらくじっとしているが、ごろんと横を向き、枕を手繰ってギュッと)
  (抱きしめる。)

【望】(…なんか…嫌な夢だった…。…気持ち悪い。)
  (あれはだれだったんだろう。…男の人、ぷれすて…だった?)
  (顔を見たはずだし、声も聞いたのに誰だったのか…覚えてない。)
  (なんだろう。この不安な感じは…。)
  (!な、涙が…でちゃって。)
  (なんなの、これって…。)

ジリリリリリ…、パチッ
(ロードワークの時間を告げる目覚まし時計。)
  (その音に嫌悪感を感じたものの、言い様のない不安感が断ち切れた事に)
  (ほっとする望。)

【望】時間だ。…行かなくちゃ。

・放課後の教室

【望】ぼ〜。
  (夕べもなんだか寝付かれなかったなぁ。
  (寝るの遅くなっても結局ロードワークの時間には目が覚めちゃうから、)
  (寝不足になる一方だ。…それに変な夢も見るし。…眠ぃ。)
【みんくん】のぞみくん。…の・ぞ・み・くん。
【望】ふにゃぁ。みんくん、どうしたの?
【みんくん】どうしたのって、望こそどうしたのさ…。
  今日なんか朝からずっと寝てるみたいだよ。
【望】んー、そうかもね。なんだか寝付かれなくってさぁ。睡眠不足なの。
【みんくん】ふーん、恋煩い、かな。
【望】そ、そんなんじゃないよ。
  …ほら、インターハイ終わって練習量減ったでしょ、体力持て余しちゃった
  のかな…なんてね。
  (みんくん、痛いトコついてくるなぁ。)
【みんくん】のぞみくんがそう言うなら、そうなんでしょ。
  (まったく。だいたい望は隠し事ができるタイプじゃないんだから…。)
【二人】………、あははは…。
【みんくん】ま、ともかく体調整えた方がいいよ。周りは受験生がいっぱいなんだからね。
  季節柄その辺も考えないと、顰蹙もんだよ。
【望】はい、反省してます。受験生の水野さん。
【みんくん】ん。そういう素直な態度は好感が持たれるから、ね。くすくす。
  さてさて、部活行こっか。
【望】みんくん、受験生なんでしょ。
【みんくん】いいのいいの。躰がね、欲しがるのよ。(^^)
【望】やだー、みんくんったら。あははは…。
【みんくん】さぁ、泳ぐぞー。

・部活の帰り

【みんくん】はぁ。やっぱり身体動かすのっていいね。ストレス解消には一番だわ。
【望】そうね。余計なこと考えなくていいもん。
【みんくん】だよねぇ。…のぞみくぅん、どうする、一緒に帰る?
【望】え?平気平気。大丈夫だよ、元気でてきたもん。
【みんくん】そう。ならいいけどさ。望は元気が一番だよ。
【望】ふふっ、ぷれすてにもそんなこと言われたことあるな。
  あいつ結構気を使ってくれるんだ。
【みんくん】よかったじゃない。喜べ喜べ、このぉ!
【望】あたた…。もう、みんくんったら。
【みんくん】きゃは。さってと、帰ろっ。

(部室をでていく二人。後にはまだ下級生達が残っている。)

【望】じゃぁね。また明日。
【みんくん】明日は寝ぼけないでね。ちゃんと目を覚ましてから学校来なさいよ。bye-bye。

・清川家〜帰宅

【望】ただいま。
【母】おかえり、寒かったでしょう。今日はお鍋よ。
【望】ホント。なになに?
【母】か・に・な・べ。
【望】わぁ〜、豪勢じゃない。どうしたのおかあさん。
【母】お隣のご主人がね、北海道へ出張したんだって。
  で、おみやげにかにをたくさん買ってきたからって。お す そ わ け。
【望】やったね。私カニだぁ〜い好き。
【母】すぐご飯だから、支度していらっしゃい。
【望】は〜い。

・清川家〜お風呂

  (ザバー)
【望】はぁ、気持ちいー。
  お風呂はあったかいし、カニは美味しかったし。今日はラッキーだなぁ。
  ふふ…、部活でぷれすてとも話せたし。
  …後輩達にひやかされちゃった。(^^)
  「先輩、お似合いですよ。」
  なんて言われちゃって、恥ずかしかったけど、なんだか嬉しかったな。
  ぷれすての奴、また変なちゃちゃ入れるもんだから私顔真っ赤になっちゃった。
  ぷれすて、冗談なのか本気なのか判らないような言い方するんだんもん。
  もう、どうしようって感じ。
  ぷれすて、どうしてあんなに堂々としてられるのかな…ふしぎ。
ガタン。トントン。
【母】望、小波くんから電話だけど。
【望】はーい、ここで出るから。持ってきてぇ。
【母】また?お風呂出てからにしたら。
【望】もー、せっかく防水の奴に買い換えたんだからいいじゃない。
【母】はいはい。…まったく世話がやけること。

【母】…。はい。ごゆっくり。
【望】へへぇ。(^^)
ピッ
【望】もしもし、望です。
【小波】清川さん、お風呂だって?
【望】えっ、なんで?
【小波】お母さんに聞いた。それにエコーが掛かってるよ。
【望】やだ、お母さんったら。そんなに判る?
【小波】判る判る。見えるんじゃないかって思うくらい。(^^;
【望】ば、馬鹿。で、なにかご用?
【小波】うん。さっき顧問の先生から連絡もらったんだけどさ。
  俺、清川さんと同じ実業団にいけるかもしれないんだ。
【望】ほんと?
ざばっ
【望】よかったじゃない。嬉しい。
【小波】清川さん、見えてるよ。
【望】きゃ。ば、馬鹿っ。
ざばっ
【望】み、見えるわけないじゃない。
【小波】嘘嘘。でもそんなに喜んで貰えると嬉しいよ。ありがと。
【望】ううん、よかった。また一緒に泳げるね。
【小波】そうだね。でも、本決まりじゃないからね。まだ。
【望】そうかぁ、でも大丈夫だよ。ぷれすては実力あるんだから。
【小波】ありがと。先生がさ、清川さんとセットで(^^)押してくれてるみたいでさ。
  で、良い感触があったけど、おまえはどうなんだって聞かれたんだ。
  ホントは誰にも言うなって釘刺されてるんだけど、嬉しくって。
  清川さんには言っておきたかったんだ。
【望】うん、ありがとう。嬉しいよ。
【小波】2月末の試験も受けなくちゃならないし、どうなるか分からないけど、
  とにかくがんばるよ。
【望】うん、そうだね。…ぐすっ。がんばれ…。
【小波】…清川さん、泣いてるの?
【望】…だって、嬉しくて。
【小波】ありがとう、清川さん。
【望】うん…。
【小波】ほら、のぼせちゃうよ。大丈夫?
【望】…大丈夫。もう出るから。
【小波】じゃぁ、またあした。学校で。
【望】うん、お休みなさい。
【小波】お休み。
ピッ
【望】…ぐすっ。…やったぁ〜!(ぼちゃん…)
  うれぇぴゅへぇわぁひぃうひぇ…。(もぐってる、ぷれすて大好き!)

・清川家〜茶の間

【望】(風呂場の方から望の声が)やったぁ〜!
【父】…かぁさん。望の奴、何はしゃいでるんだ?
【母】ふふ、何かいいことあったんでしょ。いいわよねぇ、恋する乙女は。
【父】…ふん。俺は許さんからな。
【母】まぁ。まだ早いわよ、その台詞は。

・清川家(深夜)〜望の部屋

【望】(学校じゃあんなに眠いのになぁ。こうして夜になると寝付かれない…。)
  (…恋煩いかぁ…)
  (みんくんに言われちゃったけど、そうなのかな、こういうのって。)
  (今日は特別だよ。ぷれすてからあんな電話もらったし。)
  (同じ実業団、行けるといいな。今年のインターハイみたいに…。)
  (去年のインターハイは自分のことに集中して泳いでた。その前も…。)
  (誰よりも早く、自分より早く…。)
  (それは今年だって同じ気持ちだったはずだけど…。)
  (今年はぷれすての最初で最後のインターハイだったから。)

  (…ぷれすて、凄いね。)
  (1年の初めには25mしか泳げなかったのに。)
  (3年の今年、インターハイに出るなんて。)
  (あなたはどうしてそんなにがんばったの?)
  (今でもはっきり憶えてる…。)
  (ひたむきに泳ぐ姿。コーチの指導に真剣な眼差しで聞き入る姿。)
  (疲れて這いずるようにプールから上がってくる姿。)
  (タイムが伸びない時の、焦り、不安、寂しさ…そんな表情も。)
  (選手として伸びていくあなたを見てるのは、自分を振り返るようで嬉し)
  (かった。力をつけて泳ぐ、誰よりも早くゴールする。タイムを縮める。)
  (自分の努力が直接表れる喜び。あなたにならわかるよね。)
  (でも、あなたは私とは違うものを目指している、そんな気がするの。)
  (泳ぐこと、力一杯泳ぐこと。私にはそれが一番だけど、あなたは泳ぐことで)
  (何かに近づこうとしてる、そんな感じがするの。)
  (そんな違いに気づいたから、私はあなたに惹かれたのかもしれない。)
  (そんなあなたと一緒にインターハイに出られて、私嬉しかった。)

  (私が決勝に勝ったとき、真っ先にあなたの所へ行きたかった。あなたが喜ん)
  (でくれる笑顔を見たかった。でも、あなたには決勝が残ってた。)
  (私、一生懸命応援した。後半すごく恐かった。時間が経つのがとても遅い気)
  (がして、吸い込む空気さえも重く感じたの。恐くてあなたの姿を見ていられ)
  (なかった。)
  (…みんくんに叱られちゃった。あなたは目を反らさなかったって。最後の最)
  (後まで私を応援してくれたって。
  (だから私もあなたを応援した。優勝したあなたの笑顔が見たくて…。)
  (でも、あんなにがんばったのに勝てなかった…。6/100秒あなたは遅かった。)
  (そんなふうに記録には残るの。あなたの3年間が、そんなふうに残る…。)
  (だめ…。涙が…止まらない。)
  (あの時と同じ…。決勝の後、控え室であなたを見た時と…。)

・インターハイ会場(3週間前)〜男子決勝後

【望】(ぷれすて、どうしてるかな。落ち込んでたら、私が励ましてあげなきゃ。
【選手控え室】
【望】(誰もいない?あっ、誰?ぷれすて?)
  ………ぇ。(ぷれすて)
  (やだ、声がでない…。どうして…)

キィ、ガタッ。
【小波】!(振り返る)き…。清川さん、どうしたのこんな所へ。
【望】(キュン)あ、あの…、ぷれすて…どうしてるかな、と思って…。
  (そんなに無理して、笑顔つくらないで…。)
  (私どうしたらいいいかわかんなくなるじゃない。)
  惜しかったね…決勝。
【小波】ごめんね、せっかく応援してくれたのに。
【望】そんなんこと言わないでよ。
  あなたの方が悔しいってことくらい、分かるんだから…。
  (こんな時に、そんなに優しくしないでよ…)
  (あ、駄目…。泣きたいのは私じゃない…、悔しいのは私じゃないのに…。)
  ……ぽろぽろ。
【小波】あ、あれ、清川さん?
【望】へ、変よね。なんか、自分が負けたときより…。

【小波】清川さん…。

【望】ぷ、ぷれすてぇ、私ね。私、最後まで…おっ応援…したよ。ぐすっ。
  ぷれすてが、私応援してくれ…たから勝てたの。
  だから…わた…しも、ぐすっ、おっ応援してあげなくちゃ、って。
  みんくん…も言ってた、し…ぐすっ。ぷれすて…
  がんばったのに…。
  ぷれ…すて、今までがんばってきたのに。
  わたし…くやしくって、ぐすっ…。

【小波】清川さん…。
  (ぎゅっ。)
【望】
  (ぷれすてぇ。違うのに、私じゃないのに…。)
  (あなたが…、あなたの方が悔しいのに…。)
  (私があなたを抱きしめてあげたいのに…。)
  (どうして私、こんなに悲しいの…。どうして、涙が止まらないのぉ。
【小波】清川さん…、ここで泣いていいよ。好きなだけ。
【望】ぷれすて…。ぷれすてぇ〜。
【小波】ありがとう。俺のことでそんなに悲しんでくれて。

(ベンチに座る小波に抱かれて泣き続ける望。)
  (しばらくして、落ちつきを取り戻す。)
  (小波がうつむいたままの望の頬に、そっと手をあてる。)
  (促されるように小波を見上げる望。小波の優しげな瞳に、また少し涙ぐむ。)
  (左手も望の頬にあて、そっと涙を拭う小波。その手が望の髪をかき分けるよ)
  (うに動きうなじへとまわされる。)

【望】(ぷれ…、駒人。)
  (…望。)

  (言葉のない会話が交わされ、そっと瞳を閉じる望。
  (離れた窓から不意に陽光が差し、二人を影に変える。
  (そしてひとつになる、影…。

・清川家(早朝)〜望の部屋

【望】(駒人…、大好き。
  (あなたにこの気持ちを伝えたい。思いきり、好きだって。
  (なんだか変な気持ち。ふんわりしていて、あったかくって…。
  (起きていたのか、夢見てたのか。なんだかわからなくなっちゃった。
  (もう、朝か…。でも、昨日みたいに寝ぼけてない。
  (やっぱり、寝てたのかな?
ジリ…。パチッ。
【望】起 き て ま す よ 。(ハートマーク)

(ごそごそ…)

【望】…さてと、行って来るかなっ!


[前][戻][次]