クロールしながらどんどん空へと舞い上がっていく二人。
雲の峰を越えて更に高く…。
【男】よーし、追いついたぞっ。それー!
負けるもんか!
…おい、何処へ行くんだ?そっちじゃないぞ。
【男】清川さ〜ん、早く!こっちだよ〜。
だめだ、行けない。私はそっちへは行けないよ!
行くな!戻ってこい!戻ってぇ…。
(ゆるゆると右の掌を顔にあて目をこする。)
(落ちつかないのか、その掌で顔を覆ったまま深呼吸してみる。)
(しばらくじっとしているが、ごろんと横を向き、枕を手繰ってギュッと)
(抱きしめる。)
(…なんか…嫌な夢だった…。…気持ち悪い。)
(あれはだれだったんだろう。…男の人、ぷれすて…だった?)
(顔を見たはずだし、声も聞いたのに誰だったのか…覚えてない。)
(なんだろう。この不安な感じは…。)
(!な、涙が…でちゃって。)
(なんなの、これって…。)
ジリリリリリ…、パチッ
(ロードワークの時間を告げる目覚まし時計。)
(その音に嫌悪感を感じたものの、言い様のない不安感が断ち切れた事に)
(ほっとする望。)
時間だ。…行かなくちゃ。
(部室をでていく二人。後にはまだ下級生達が残っている。)
じゃぁね。また明日。
【みんくん】明日は寝ぼけないでね。ちゃんと目を覚ましてから学校来なさいよ。bye-bye。
【母】…。はい。ごゆっくり。
へへぇ。(^^)
ピッ
もしもし、望です。
清川さん、お風呂だって?
えっ、なんで?
お母さんに聞いた。それにエコーが掛かってるよ。
やだ、お母さんったら。そんなに判る?
判る判る。見えるんじゃないかって思うくらい。(^^;
ば、馬鹿。で、なにかご用?
うん。さっき顧問の先生から連絡もらったんだけどさ。
俺、清川さんと同じ実業団にいけるかもしれないんだ。
ほんと?
ざばっ
よかったじゃない。嬉しい。
清川さん、見えてるよ。
きゃ。ば、馬鹿っ。
ざばっ
み、見えるわけないじゃない。
嘘嘘。でもそんなに喜んで貰えると嬉しいよ。ありがと。
ううん、よかった。また一緒に泳げるね。
そうだね。でも、本決まりじゃないからね。まだ。
そうかぁ、でも大丈夫だよ。ぷれすては実力あるんだから。
ありがと。先生がさ、清川さんとセットで(^^)押してくれてるみたいでさ。
で、良い感触があったけど、おまえはどうなんだって聞かれたんだ。
ホントは誰にも言うなって釘刺されてるんだけど、嬉しくって。
清川さんには言っておきたかったんだ。
うん、ありがとう。嬉しいよ。
2月末の試験も受けなくちゃならないし、どうなるか分からないけど、
とにかくがんばるよ。
うん、そうだね。…ぐすっ。がんばれ…。
…清川さん、泣いてるの?
…だって、嬉しくて。
ありがとう、清川さん。
うん…。
ほら、のぼせちゃうよ。大丈夫?
…大丈夫。もう出るから。
じゃぁ、またあした。学校で。
うん、お休みなさい。
お休み。
ピッ
…ぐすっ。…やったぁ〜!(ぼちゃん…)
うれぇぴゅへぇわぁひぃうひぇ…。(もぐってる、ぷれすて大好き!)
(…ぷれすて、凄いね。)
(1年の初めには25mしか泳げなかったのに。)
(3年の今年、インターハイに出るなんて。)
(あなたはどうしてそんなにがんばったの?)
(今でもはっきり憶えてる…。)
(ひたむきに泳ぐ姿。コーチの指導に真剣な眼差しで聞き入る姿。)
(疲れて這いずるようにプールから上がってくる姿。)
(タイムが伸びない時の、焦り、不安、寂しさ…そんな表情も。)
(選手として伸びていくあなたを見てるのは、自分を振り返るようで嬉し)
(かった。力をつけて泳ぐ、誰よりも早くゴールする。タイムを縮める。)
(自分の努力が直接表れる喜び。あなたにならわかるよね。)
(でも、あなたは私とは違うものを目指している、そんな気がするの。)
(泳ぐこと、力一杯泳ぐこと。私にはそれが一番だけど、あなたは泳ぐことで)
(何かに近づこうとしてる、そんな感じがするの。)
(そんな違いに気づいたから、私はあなたに惹かれたのかもしれない。)
(そんなあなたと一緒にインターハイに出られて、私嬉しかった。)
(私が決勝に勝ったとき、真っ先にあなたの所へ行きたかった。あなたが喜ん)
(でくれる笑顔を見たかった。でも、あなたには決勝が残ってた。)
(私、一生懸命応援した。後半すごく恐かった。時間が経つのがとても遅い気)
(がして、吸い込む空気さえも重く感じたの。恐くてあなたの姿を見ていられ)
(なかった。)
(…みんくんに叱られちゃった。あなたは目を反らさなかったって。最後の最)
(後まで私を応援してくれたって。
(だから私もあなたを応援した。優勝したあなたの笑顔が見たくて…。)
(でも、あんなにがんばったのに勝てなかった…。6/100秒あなたは遅かった。)
(そんなふうに記録には残るの。あなたの3年間が、そんなふうに残る…。)
(だめ…。涙が…止まらない。)
(あの時と同じ…。決勝の後、控え室であなたを見た時と…。)
キィ、ガタッ。
!(振り返る)き…。清川さん、どうしたのこんな所へ。
(キュン)あ、あの…、ぷれすて…どうしてるかな、と思って…。
(そんなに無理して、笑顔つくらないで…。)
(私どうしたらいいいかわかんなくなるじゃない。)
惜しかったね…決勝。
ごめんね、せっかく応援してくれたのに。
そんなんこと言わないでよ。
あなたの方が悔しいってことくらい、分かるんだから…。
(こんな時に、そんなに優しくしないでよ…)
(あ、駄目…。泣きたいのは私じゃない…、悔しいのは私じゃないのに…。)
……ぽろぽろ。
あ、あれ、清川さん?
へ、変よね。なんか、自分が負けたときより…。
清川さん…。
ぷ、ぷれすてぇ、私ね。私、最後まで…おっ応援…したよ。ぐすっ。
ぷれすてが、私応援してくれ…たから勝てたの。
だから…わた…しも、ぐすっ、おっ応援してあげなくちゃ、って。
みんくん…も言ってた、し…ぐすっ。ぷれすて…
がんばったのに…。
ぷれ…すて、今までがんばってきたのに。
わたし…くやしくって、ぐすっ…。
清川さん…。
(ぎゅっ。)
!
(ぷれすてぇ。違うのに、私じゃないのに…。)
(あなたが…、あなたの方が悔しいのに…。)
(私があなたを抱きしめてあげたいのに…。)
(どうして私、こんなに悲しいの…。どうして、涙が止まらないのぉ。
清川さん…、ここで泣いていいよ。好きなだけ。
ぷれすて…。ぷれすてぇ〜。
ありがとう。俺のことでそんなに悲しんでくれて。
(ベンチに座る小波に抱かれて泣き続ける望。)
(しばらくして、落ちつきを取り戻す。)
(小波がうつむいたままの望の頬に、そっと手をあてる。)
(促されるように小波を見上げる望。小波の優しげな瞳に、また少し涙ぐむ。)
(左手も望の頬にあて、そっと涙を拭う小波。その手が望の髪をかき分けるよ)
(うに動きうなじへとまわされる。)
(ぷれ…、駒人。)
(…望。)
(言葉のない会話が交わされ、そっと瞳を閉じる望。
(離れた窓から不意に陽光が差し、二人を影に変える。
(そしてひとつになる、影…。
(ごそごそ…)
…さてと、行って来るかなっ!