ひとりごと


私のひとりごとです。私にしかわからないような書き方もしてあります。stylesheetを活用することにしました。もうちょっと変更がいるなぁ。変な表示になっていたらごめんなさい…

2002/03/16

「イスラム服着ていない」と避難妨害=女生徒14人が死亡−サウジという記事を読んだ。

メッカの女子学校で起きた火災の際、イスラム教徒女性の義務着用服をまとっていないことを理由に宗教警察が生徒の避難を妨害したそうだ……だから宗教は嫌いなんだ…

2002/03/13

コピーコントロールCDがAVEXから発売された。

このCDを購入して、手持ちのCDプレーヤーなどで再生できない場合、「そういう仕様ということで納得いただく。返金などは考えていない」(AVEX広報)

あんまりな話だ。好奇心…というかやってみて「なんだ、読めんじゃん」と言いたそうな人々が買ってて、もしかすると若干最初の売上が好調に見えるかもしれないけど、これは買いたくないなぁ。

どうしても聴きたいという人はアルバムの方を買うしかないのかね…んで、レンタルでたら借りてやってみるとか…?

自分(たち)の権利を守るためなら、他の(多くの)人の権利を侵害してもいいんだろうか。納得がいかない。しかも一番被害を被るのは(だいたいこういう問題では多い気がするが)正規のユーザなのである。

当日追記: 私が見た店にはそのあたりの注意の喚起していないように見えた。話題になってるとはいえ、それも不親切というものだろう。もっとも夕方にはもう売り切れたのか見かけなかった店もあったが…

2002/01/05

うそは目元に表れる 米のグループが新「発見法」(http://www.asahi.com/international/update/0105/003.html)という記事を見た。

いつだったか、TV番組で脳波を測定して嘘を発見する研究があるということも聞いた。その番組の研究では確か無実である(と主張している)にもかかわらず投獄されている青年を対象としていた。現行法では(ポリグラフを用いた)嘘発見は証拠とはなりえないそうだが、この研究の結果によると、どうもその青年は無罪らしい。

結果から原因を推測することには限界があることを意識しなければならない。そういう原因を仮定すると、今わかってることに対しては矛盾せずに、結果の説明がうまくできる、ということにすぎない。

例えば、ここでなにか(原因)をいれるとなにか(結果)をだす箱(ブラックボックス)を考えよう。Aをいれると、Cがでてくる。BをいれてもCがでてくる。そんな箱である。さて、箱からCがでてくるのを見たあなたは、A,Bどちらがいれられたかわかるでしょうか…?

いれるものが複数の場合も似たような状況になる。たとえば、でてくるものがいれたものの平均だとしよう。平均という数値を好む人も多いが、これから得られる情報はそう多くはない。このように、なんらかの処理をほどこす(箱を通す)と情報の量(質といってもいいかもしれない)は減る。驚くべきことに、このことは理論的に(つまり数学の言葉で)証明することもできる(Information Processing Inequality)

さて、最後に問題。件の(あるいは任意の)嘘発見法を使った時、次の発言はどう判定されるでしょうか……「私は嘘をついています」。

2001/11/02

「反戦クラブ」結成計画の米女子高生を停学処分(http://www.asahi.com/international/update/1102/011.html)という記事を見た。

混乱させるから、というのはわからないでもないが、彼女の言論の自由を制限するに足るものだろうか。このような権力による抑えつけによって、国家が危険な方向に進んでしまうことを憂慮する。

2001/07/07

「沖縄婦女暴行事件容疑者引渡しは反米感情の高まりを防いだ=米国務省」だそうだが…

引渡しは当然で、高まりを防いだというほどのものではなかったと思うが…向こうのメディアでは、「眠らせずに取り調べして自白に追いこむ」だのなんだのいってるらしい…

問題は、本当に犯人であるかないかにかかわらず、やったと言えば犯人になって、黙秘をしていれば(他に証拠/証言がないかぎり)犯人にされないところにあるだろう。(誰かは決まってないが)犯人は当然自分がやったかやってないかはわかるはずである。

明らかな犯罪が、立ち振舞い方によって、無罪になってしまったりするようなことは、絶対に許されない。真実が、誰かがなにかを言った/言わない、またその内容によって変わるはずはないのである。

しかし我々は証拠/証言といった結果から原因を推測することしかできない…。このあたりにどうすることもできない困難が眠っているのだろう。

この事件とはまったく関係ないが、ふと考えたことについて書いておくことにする…繰り返すが、この事件とは関係なく、この事件に対して思うところを書いたものではない。

電車の車内での痴漢の例をだそう。混んだ車内で、見えないところで誰がなにをしてるかなどほとんど見えない。そこに女性の悲鳴があがる…「きゃー!」そして、女性はたまたま触れられた箇所の近くにあった手をとり、叫ぶのである。「痴漢よ!」しかし、混雑した車内のことである。ややもすると自分が今どんな滑稽な姿勢をしているかともしれない状況にあったりする。たまたま不幸にも衝撃によって触られてしまったのかもしれないし、別に犯人はいるんだが、たまたま近くに手があって掴まれてしまったのかもしれないし、もちろん本当に犯人かもしれない。このように、いくらでも説明がつけられるような状況にあった時に、我々は本来、掴まれた男性が犯人であると決めることはできないのである。しかし、本当に男性が犯人でなかった場合でも、なぜか女性の主張が通り、濡れ衣を着せられてしまいがちだ。そして、どんなに違うと主張しても、そっちの主張は聞きいれてもらえないのである……

逆に、本当に男性が犯人であった場合に、違うと毅然と主張したとしよう。女性の方がいくらあなただと主張しても、決定的な証拠があるわけでもなし、結局違うと押しきれてしまう……そんなことが起こりうるのである。

このような事態の公平な解決方法を、私はまったく思いつかない。おそらく無理だろう。結局、こういう事態を極力さけるしかないと思う。混雑した車内で女性のまわりに男性が、男性のまわりに女性がいなければ、おそらくこういった問題はおこらないだろう…そういう意味でも、女性専用車両というのは良いのではなかろうか。さて、では、今回の事件の場合はどうすればいいだろうか………?

2001/05/10

ふと思いだしたことで、最近なにかで話題になったとかそういうことではないのだが…何かで読んだ話。(英語の長文読解の文章だったような…いつの話だ)

ある動物保護団体に属する外国人と、そうでない日本人が日本国内で食事に行きました。料理がだされ、盛りあがってきたころの会話。


外国人(たぶん英語で)「この肉料理はおいしいですね。なんの肉ですか。」
日本人「鯨ですよ。」
外国人「!!」

あわてて、その外国人はトイレにかけこんで吐きだしました。そうです、その外国人は鯨の保護団体に所属していたのです……で、この文章のくくりとして、そういうことに気をまわさない団体に所属してない方がよくないというような話だったのですが…

これには若干納得いかない。知っていて食べさせるはずはないし、なにより吐きだしたことが気にいらない。可愛いがっていたペットとかならともかく(う、童話のような残酷さだ)ここは食べるべきだったのではなかろうか。それ以上は食べなくても吐くのはいかがなものか。

既に調理されたものを吐きだすことは、むしろその鯨に対する冒涜とさえ思える。心情的には確かに複雑かもしれないが、やるべきことは、「鯨を捕えさせないこと」であって、「既に調理されたものを食べないこと」ではないと思うのである。

「鯨を食べるのに捕えるのはやめよう」から、いつの間にか、「鯨を食べるのはやめよう」だけにすりかわってしまっている。既に調理されて個体数が減ってるのは決定してしまっているのに、あたかも食べること自身が悪いかのようなふるまいが気にいらないのである。

…あるいは単に私がクールなだけなのかもしれないが…

この話にかぎらずこの手のすりわかりはあちらこちらでみかける…「障碍者」や「障がい者」なんかもそうだ。当事者たちがそうしてほしいと言っているから、そうすること自体はかまわないと思うのだが、これは表面的な変更でしかない。

「障害者」の「害」がまわりにとっての害であるかのように聞こえる、というのは、英語の文章を訳している時に辞書をひいた時に、いっぱいある単語の意味の選択を間違えたようなものである。つまり全然そんな意味ではないはずなのだ。そんなことを私は障害者用の黄色いブロックを見る度に思うのである…


2001/05/15追記: 米国、絶滅危惧種の調査捕鯨中止を日本に求める(ロイター)という話がちょうどでました。誤解を招くような文章だったかもしれませんが、上の文章は私自身が捕鯨そのものに対してどう思っているかということについては言及していません。大義をかかげるのはいいけど、本質を見失わないでほしい、と言ったつもりです。

2001/04/10

最近、無駄に…しかも効果的でもなく…英単語をカタカナにしたものが文章に数多く踊っている。

そんなの昔からだろう…というなかれ。いわゆる外来語or和製英語として既に日本語の中に根づいているとはとても言えないような語が増えているのだ。例えば「ターム」「アティテュード」は"term", "attitude"でそれほど難しい単語ではないが、いきなりカタカナで出てくるとわかりにくい。読むテンポも悪くなる。物書きとしては非常によろしくないと思うんだが…時代の流れということか。

2001/02/21

むぅ、今日でた発泡酒は結構うまいかも…

もっとも新しいやつが出るたび飲んでみて、そこそこうまいかもと思って次も買うと、たいしたことなかったりするから、どうだかわからないが。

2001/04/10追記: 生搾りもうまい。

2001/01/23

しばらく前から環境への配慮とやらコンビニの弁当には箸がつかなくなり、なにかというと、「割箸はご利用になりますか」などとたずねられるようになった。どうせ家で食べるので、常に断わっているのだが、たまに聞かずにいれてよこすこともある。

私の記憶が確かなら、その店員はかなりの割合で老若問わず女性が多いのである。なにか相関でもあるのだろうか…

2000/12/25

genetic discriminationという言葉が生まれてるらしい…意味は遺伝(子)による差別、である。…これは恐しい言葉だ。

実際、遺伝病がある人が首にされたり就職できなかったりする事例があるそうだ。

遺伝病を持つ家系を根絶やしにでもしますか……?

あなたがそういう遺伝子を持っていたとしても、それを受けいれますか…?

こういう問題の根底にあるものって、たいがい一緒なんだよね………

2000/12/16

「英国で牧師が、サンタクロースは実在しないと200人以上の児童の前で話し、子供の夢を台無しにしたという保護者の抗議を受けて謝罪した」らしい。

…うーむ。児童に対し、これから話すことを聞きたくなければ耳をふさぐように注意した後、「サンタクロースは存在しない」と告げたそうだ。ふさげっつったってねぇ…。聞かなきゃ判断できないし、わかってからじゃおそいんだよな。内容に関わらず、それだけですごい残酷な選択をせまってる。

その牧師は、英タブロイド紙サンの取材に対し、「子供たちが混乱したとしたら大変申し訳ない。だが、サンタクロースが実在しないのを子供が知らなかったとは信じ難い」と語ったそうだ。信じ難いことなんて、世の中わんさとあんだろ。信じ難い→事実でない、というのは非常に傲慢な論理ではなかろうか。

…飲んできたばっかだからちょっと荒れてるな…まったく台無しだよな。これじゃ。

2000/10/21

げほげほ。風邪ひいちまった…節々がいたんで、のどがめちゃめちゃ痛かった。しくしく。というわけでみんなも気をつけよう…

2000/10/12

買うペットボトルが煌(ファン)になった。この一言で全てを察してくれい(笑)

10/22: 察してくれた人もいたようです(笑)

法律を定めるというのは重要なことである。またころころ変えるのは具合がわるかろう。しかし、全く変えらないのも考えものである。ちゃらんぽらんなのと柔軟性があるのとは別物だ。当事者の声が反映されない法に何の意味があろう。

2000/05/11

うーむ。人が亡くなったこと聞いて爆笑できるなんて私には信じられない。

OSのふりしたウィルスが世界中にひろまっているのをどうして気づかないんだろう。

2000/04/30

私は消費者です。私は分割を望みます。はたして、この声は届くのでしょうか……?

2000/04/03

「未開封のままでCDの試聴が可能に ソニーが開発」という記事があった。

みだしを見た時、開封していない商品をX線(のようなもの)を照射してデータを読みとるとかやるのかと思ってしまった。蓋をあけるとそれにくらべるとどうということのない、サーバからデータをもってくるだけであった…ふだんならこんぴた雑記に書くところだが、私のまぬけ話なので、ここに書いておこう…

2000/03/31

多数決は民主主義の原理であり、核であり、ガンである。「最大多数の最大幸福」は短絡的で迷惑な言葉である。多数の人が賛成したからといってそれが常に正しいと言えるだろうか?

しかし、人間は決めないと前に進めない生き物のようである。

2000/01/23

某コンビニの某期間限定商品は1本370円だそうだが…広告の売りのごとく書いていた文章はなんと…2本でラッキーセブン777円………高くしてどうする……いや、私の勘違いかもしれないけど…

01/25追記: 370円(税抜)で、777円(税込)だそうだ。きっちり777円らしい…うーむ。

1999/12/28

まばたきをせず10秒以上目を開けていられないとドライアイの疑いが強いらしい。

# 読んでる人はためしてみましょう(^^;;

私も日がなディスプレイを眺めてるし、目がつかれるし、ドライアイの症状リストにあるような症状を多少気にしていたのでやってみたのだが…1分は優に開けてられた(^^;;

単に使いすぎかコンタクトのせいか…まあ目にあまりいい状態ではないだろうけど。そういえばコンタクトを買う時に眼科に行くとちゃんと涙の量検査してたしなぁ。ドライアイではないという意味ではだいじょうぶそうか。

1999/12/25

サンタクロースはいるの…?そんな幼い子どもの疑問に答えます。(拙訳もあります。)

いるいないじゃないんです…信じるか信じないかの問題なんです。でも、信じられるできごとがないと信じられないですよね。

1999/11/26

たずね人の紙きれがむなしく貼られていた。すでにその人はいないのに…

1999/11/12

(某社に講演にいった某氏に対する某氏のコメントに対して)

5年後の事を予知しつつ行動しなきゃならないのね。無茶いうな。5年後のことわかるんかい。だとするとわかってたのにだまってたことになるじゃないか。そっちの方がひどいんじゃないかい…?

1999/11/02

敬語が武器になるらしい。しかし相手も敬語が苦手だったらどうするんだろう。

1999/11/01

いつの間にか一月以上書いてなかったのか。いそがしかったんだな。

私は歌の歌詞や詩を読んでいろいろ考えたりすることが好きだ。英文でもいい。他の言語だと読めないが。そういう詩の中ではどんなきれいな言葉がでてきてもいい。むしろその方がいい。

だが実生活では私は現実主義者(*)だといえるだろう。んなわきゃねーだろ…そう思う言葉がおおい。どうしてそうなんだ?もうすこし考えろよ…そう思うことがおおい。うわっつらにだまされてはいけない。本質をみぬこう。

*: 現実主義者には2通りの意味があるらしい。すくなくとも日和見ではないと私は思っている

Millenniumだ千年期だと騒いでいるが、やはり日本人は節操がない。まあもっとも西暦が根づいたことによるものだから今さらいうことはないし、なにかの数字が1000の倍数になればなにかしたくなるのは別にChristianじゃなくてもありそうではある。

一応いっておくと、"ただの"千年期がやってくるのはちっともめでたくないどころか、なげくべきことだということをしってるだろうか?我々(?)がまっているのは「至福千年期」である。

何かの映画だか小説だかで、新しい千年期を迎えた時にスラムの一角で男が「後、千年まつのか…」とつぶやくシーンがあるという。まわりが何もしらずにうかれてるとさらにひきたつなぁ…とか考えたり…

1999/09/20

今たべてたぽてちの袋をみたら、賞味期限が00. 1. 1.だった。100年近くも前に賞味期限がきれてたのかっ!(Y2Kネタ)…いや、本当は00. 1. 1ってのがきれいだったので書いただけなんだけどね…

1999/09/14

受かってた。以上

1999/08/30

英会話教育は塾にまかせるそうだ。土日に。ためいきをつかずには聞かれない話である。

どんどんいろいろな研究がされている。どんどん知識が増えている。修得すべき知識がどんどん増えていくのに対して、我々は、勉強する時間を増やすこと以外の方法を見出すことはできないのだろうか…

1999/08/25

「ハッカー対策」とはなんだ!

今朝TVをぼーっとみていたら新聞が画面にでてきて、その見出しに、そう書いてあった。私も拙くはあるがhackerの一人であると自負している。私に何の対策をするというのだ!?あちこちで騒いでいるわりには一向にあらためられる気配がない…それどころかあたり前のように使われているようである。

確かに言葉は生き物であり語源にしがみつく必要はないように思える。私も言葉は変わっていくものだと思っていて、言葉を乱してはいかん、と頑なに保存しようとするのには反対なのだが、新しい言葉ができるのはよいが、まだ使ってる人が多いのに正反対の意味にしてしまうのはどうか。マスコミが言わんとしているのはクラッカーのことなのだが、どうにも誤用されてしまっている。

クラッカーはcrime hacker→crackerが語源である。内容が既にあやしいのに単語もあやしくなってはどうしようもない…しかもそのどうしようもない記事を人は信じてしまうのだ。たのむからあらためてほしいものである。

1999/07/28

入浴中の女性をビデオで撮影したとして住居侵入の現行犯で逮捕したってどういう意味だ…?どう考えてもつながりがおかしいと思うのだが…まあいいか、いいたいことはわかるし。

1999/07/06

著作権管理の自由化が検討されているらしい。それ自体はいいことだと思うが、結局どこか一部だけが得をするようなものにはしてほしくないものだ。これからどうなるか動静を見守っていく必要があるだろう。

1999/06/01

わりと書こうかなーと思うネタはあるのだが、端末の前に向かってる時に思いつくことはすくなかったりして、端末の前にきた時にはすっかりわすれてたりする(笑)

あれ…なに書こうとしたんだっけ?(爆)

1999/05/09

というわけでY2K対応(またかい)

ずっとつけてなかった携帯にストラップをつけた。つける穴にごみがたまってたよ(苦笑)

私の祈りが届きますように…(これでなんのストラップかわかったあなた、お友達になりましょう(笑)

世の中には不公平なことがいっぱいある。本質的に不公平にならざるを得ないものもあれば、あきらかに人為的にされている場合もある。私は中学のころから、この「公平」という言葉にこだわっているらしい。国語の時間に作文をかかされた。テーマがきまっていたのだったか、どうして書かされたのかは覚えていないが、私はマザーテレサのことについて書いていた。

彼女は言った:「私はただ目の前にいる困っている人を助けているだけです。」

私は書いた:「みんな助けられないならば目の前の人だけを助けるべきではない。」

なんと不遜なことを書いたのだろうか。彼女は困っている人すべての人の前に行くことも辞さないだろう。

しかしそのうち完全な公平はありえなそうだ、という考えになってきた。また何をもって公平とするかも難しい。例えば誰かがすばらしい発明(発見)をして、巨万の富を得たとしよう。これは公平だろうか不公平だろうか。また不公平なことがあったとして、それを是正するにはどうしたらよいだろうか。衝突、金銭、手間、そういったもののトレードオフにより現状ができてると考えると、人間は(統計的に)なんと怠惰で自分勝手な生き物なのだろうか。

1999/03/02

今日、山手線のなかで…

私はすわっていた。池袋についた。人が降りる、乗ってくる。

そこに年配の女性がのってきた。席はまだ空いているのだが、混みあっていて、席までいけそうにない。見るからにすわりたそうなのだが…などと考えているうちに、さっきすわったばかりの隣の人がたちあがり席をゆずった。私がひどく居心地がわるかったのは言うまでもない。疲れてはいたが、別に席をゆずるにやぶさかではなかった。しかし、そうすることを考えるより先に思わず、いろいろ考えて分析してしまっていたらしい。そんな自分に思わず心の中で苦笑してしまったのであった。

1999/02/26

またしてもわすれていたらしい(笑)

だんご三兄弟の歌には実は催眠効果がある。あの言葉の繰り返し、あのサブリミナル効果ばりばりの画像。3/3の発売以降、日本はかつてない奇妙な事件が多発するであろう………嘘です。ごめんなさい(^^;;

1998/06/22

書きためてからあげようと思ってたら、すっかり存在を忘れていた(笑)

今日、晩御飯をツナ缶でおいしくたべていた私。この日私は最近不足気味の野菜を摂るべくサラダを買ってきてました。ほくほく顔で箸をつけた私……はて……なんぞ見覚えのあるものが…そうなのです、そのサラダは「ツナ&コーンサラダカップ」なるものであったのです…思わず苦笑しつつも、やっぱりきれいに食べてしまうのでした。

1998/03/17

あるラジオで読まれた西宮市の方からのはがき。(以下引用)

つい昨日、六甲山へ出かけました。そこはいいとして、
問題はそこに行く途中の市民グラウンド。
隙間もないほどのプレハブの家屋。正直、ムッとしたです。
あの地震から3年。当時の状況からそのような生活を強いられた方々には
確かに大変大変同情すべきところはあります。
しかし、3年。もう3年。その間してきたこととは、国から金をせびり、
政府に何とかしろの嵐・嵐・嵐。
今ではもうテレビで取り上げる人達のでかい態度に
見苦しいの一言しかありません。
苦しいのは自分たちだけだと言いたげなあの高飛車さ。
相手が下手に出ていればと腹が立つことこの上なし。
いっぱいしてくれたじゃないか。
できる限りのことを、無理してでも、一般の人達でさえ、
いっぱいいっぱいしてくれたじゃないか。
それなのに自分の惨めさを笠にたて、まだやるの?
周りを見てみろよ。立ち直って自分の生活取り戻した人達がどれだけいるの。
そんな人達が何の苦労もせずそれを手に入れたと思ってるの?
血反吐はく思いしたよ。
これから続けさせようと汗水流してる。
違いは未来を見てるってこと。辛いのは自分だけと思うなよ。
地震だけが不幸じゃない。
苦しいとか惨めとか、どれだけ人の恩恵の上にそれを乗っけてるの?
子供達の場所を占領してどくもんかみたいな態度をとるなよ。
そんな人達ばかりじゃないってのはもちろん分かってるけど。
でも、一人そんなような人がテレビに出て言うと、
みんなそうだと思われちゃう。頑張っている人もいるのに、
可哀想の方が表に出ている。可哀想に酔っている。
私、地震直後、気の毒って言われるのが一番いやだった。
ニュースキャスターの人がインタビュー受けた人達に同情するのが許せなかった。
その嫌な気持ち糧にしたから今の私がいる。
今の両親、今の家、いやなこといっぱいいっぱいあったけど、今がある。
同情に反発して、応援に支えられて今がいる。
何か、ばかみたいに本気になってしまったけど、本心です。
こんなこと考えている人もいるのです。
(引用ここまで)

「まだやるの?」の印象が強烈で思わず、こんなページを書きはじめてしまった。結局全文引用した。どうしようか悩んだんだが。いろんな思いが頭をよぎったが、ここでは何もかかずにとどめておくことにする…って、それじゃ、ひとりごとにならないのだが。


(C)Copyright 1998, 99, 2000, 2001, 2002 by Hiroshi Takekawa <sian@big.or.jp>
Last modified: Sat Mar 16 22:48:03 JST 2002