アフリカで私も考えた・・・・・


 一体なにを求めてアフリカまで行ったのか、一体なにを知り
たくて行ったのか、自分の理解無しで旅だってしまった。
 
 目的もなく、ただ野生動物が見たかったのかそれともただ
珍しくて見物に行ったのか、人類誕生の痕跡を見つけたい
のか、大好きな仏教との関係を明らかにしたいのか、全く
整理無しでの旅であった。それほど日本という鎖国状態の
エリアからアフリカは遠い。飛行機で難なく行けるのに遠い。
それがアフリカの出発前の印象である。成田での緊張もなく
のんびり気分で行けた。そしてインドのムンバイを通過して、
ケニアのナイロビについては見たものの、「私は今アフリカ
にいる!」という感激は自分でおこさないと生まれてこなかった
それほどアフリカは自分からの距離があったように今思う。
 インドとは明らかに違う不思議な気分になる。自分のいる
スペースがアフリカのはあるようで無いといった。懐が深い
のか浅いのかが、よくわからないのである。感想を言えと
問われれば、「シンプル!」と一言しかうかんでこない。
ナイロビは首都だけあって人とビルといった都会なのだが、
自分の勝手なイメージとも合致するようで、しないのだ。
ガイドのOSIROさんが言う「アシタカラハマイニチサファリ
サファリサファリ!」と言われてもピンとはこないのである。
サファリはアフリカで行われるとんでもないこと。といった
日本人であるわたしの固定観念が消えないのである。
アフリカに到着するまで、大苦労してやっとの思いでつ
いにアフリカの地を踏んだというのなら少しは理解できた
であろう。しかしそれはいとも簡単に到着してしまうので
ある。
 気持ちの整理を終えるまもなく最初のサファリのアンボセリ
国立公園へ到着。きっと昔からサファリの歴史がある白人
文明国は「さあサファリ開始!」とでもなんの心の準備も
必要なくなじめるのであろう。日本人にとって野生動物
といっても象やキリンは動物園の動物なのであると思う
。そこらにいてもらっては困るのである。図鑑とテレビの
中にしか存在しない人が作ったもの、ひどくいうなら共存
できない架空の生物とは言い過ぎであろうか。日本では
「野生動物を守ろう」とか「アフリカ動物記」なんかをなんの
てらいもなく眺められるが、そのメディア内にあるものを目
の当たりにするのは問題である。つまり芸能人が目前に
現れたような驚きに包まれる。黒人といってもアメリカンを
黒人と思ってしまう私なんかにしてみれば「ここが本国か
」というだけでも当たり前のことに驚くといった情けなさで
あるために、「あっ動物はここにいたんだっけ?」という
風にはすぐに頭のCPUが制御できないのであった。
 帰ってきた今でもテレビと本物と区別がつかない状態
であり、それを象徴するがごとくアフリカで撮影したビデオ
や写真を友人とみても、その時でる言葉は「まるでテレビ
番組みたいでしょ?」そうすると決まって答えは「そうだね
、まるでアフリカ特集番組をみているようだ」となる。
写真も同じである。インドも日本から近いのに遠い国では
あると思うが、写真やビデオを見せても「おもしろい」とか
「変わっている」といったようなフィルター無しでみることが
出来るようだ、つまりそれは日本とインドはかけはなれて
いる点も多いが人類の文明であり、またもっとも重要なス
ピリチュアルな面がまったく画像からは伝わりにくいので
ある。その毛がある人でないとインドはただ変わった国と
とられてしまうのも無理はない。今インドとアフリカを比べろ
と言われたら困ってしまうが、自己整理の為にもまとめて
みるとこの様になる。
 まずインドは人、そして動物と自然という欲望と本能
と働きを全てごっちゃに煮た感じであり、境がなく複雑で
あり、シンプルである。つまり常識はないが、自然への負け
を知っているといったように感じる。なんかゆかいな国である
。こんな国でなければ聖人は出ないとも思う。
 アフリカははっきりいってサファリツアーではよくわからない
のであるが、自然と動物は爆発しているのに、人は違う合理
的な方向に進みたいようにも感じる。きっとサファリで生計を
たてていて外人と接触が多い人々と一般のアフリカ人とに
違った価値観があるのかもしれない。アフリカにいると特に
サファリ中は「おれはなんなんだ、君たち(動物達)はなに
をしているんだ、おれはどうしたらいいのか教えてくれ!」
という人間だけが持つ迷いが出てきてしまう。」「あっ象だ
ライオンだ!」と騒いでいてもすぐに消されてしまうようだ。
ありのままに見えすぎるのかもしれない。それをありのまま
に受け止めればなんのことはないのだが、人工的に暮らし
ている私はそれが容易ではないのである。悲しいことだ。
ただ美しい、ただ動物は素晴らしい、野生が残っていてよ
かった。というありきたりではないなにかがある。しかしそ
れが解らない。本当にわたしはあそこに存在していたのか
?観光とはいえ、あそこにいたのか、つまり肉体はいって
いたが、魂はまだアフリカでないまま帰国してしまったよう
である。もったいない・・・・
 今問われてもアフリカは「シンプル!」であり、その気品
ある自然は私をまだ受け入れてくれない「寂しさ」である。
 月並みではあるが、同じ地球に同じ時間、同じ次元に
共に存在出来ていることは本当にありがたい。同じ太陽
を見ていることは本当にありがたい。そしていちどアフリカ
に自分を打ちのめされてみたいマゾ願望がでてきている。
きっと軽く倒してくれると期待している。そして二度と立ち
上がれなくしてくれると信じる。そして今回の旅でお世話
になったアフリカの人々、動物、自然と呼んでくれたアフ
リカに感謝する次第である。     合掌

BACK