佳さんと僕(小椋 佳の世界)

TOM

僕と佳さんの出会いは、そう、どこにでもあるようなものなんです。
あれは確か僕が中学生の時、深夜のラジオ放送から佳さんの歌が聞こえてきたんです。
その時は別に感動なんてことはありませんでした。でも、次の日、そして次の日にも佳さんの声、メロディー、そして詩が心の中のどこかに残っていました。
何か月かが過ぎ、再び佳さんの歌をラジオで聴くことができました。
その時僕は、何かこう、とても懐かしいやさしい、そう、ふるさとの田舎道の道ばたで幼い日の思い出を見つけたような、そんな気分になりました。
僕は高校に進み、その納得のいかない生活に疑問を持ち、いろんなことを考えるようになりました。
人生について、愛について、幸福について、そして自分について・・・。
笑えない日が続きました。心から笑えない日が・・・・。
いくら考えても答えが出せない、時だけが無情に過ぎていくのに何もできない・・・。
僕は詩を書き始めました。これはある友人の影響です。そして自分のできるだけ素直な気持ちを残そうと努力しました。でもだめなんです。別に人に見せるのを目的としていないのに、全然素直な気持ちが残せないんです。結局、自分がわかっていなかったのです。そんな時、友達がいいレコードがあるから聞いて見ろよ、と貸してくれたのが「残された憧憬」でした。このLPは、サブタイトルが「落書」といって、佳さんの思っていること、考えていることがとてもよくわかります。彼の人生についての悩み、自己自身へのいらだち、社会への怒り等々・・・。
そして音楽的感動を与えてくれたのもこのLPでした。元モップスの星勝さんのアレンジが、実に見事なのです。詩と曲がぴったりマッチしていて、芸術的な出来映えなのです。僕はこのLPを聞いて、一体佳さんてどんな人だろうな、と考えるようになりました。
ここで僕が調べた佳さん自身のことについて書きたいと思います。
小椋 佳  本名 神田紘爾 32歳 第一勧業銀行勤務 妻 佳穂里 長男 知秀 次男 宏司
次になぜ佳さんが「小椋 佳」というペンネームを使っているかお話ししましょう。
彼は黒門小学校で同級生だった「塚原佳穂里」という女性に恋をしていた。しかし、大学3年の時彼女は文学座に入って女優の道を選ぼうとして彼に別れを告げた。彼は旅に出た。彼女のことを忘れるために・・・。彼は檜原湖の近くの村の「小椋」という家で苦悩の日々を送っていた。するとある日、スーツケースを持った女性がその家の前に立っていた。そう、彼女が佳穂里さんなのです。そこで彼はその感激を忘れないためにペンネームを「小椋 佳」としたというのです。
今度はなぜ佳さんがシンガーソングライターになったかお話ししましょう。
彼は大学時代弁護士になるのが夢でした。でも司法試験に落ちてしまいました。まあ、そこで成り行きみたいなもので銀行に就職してしまいます。そしてある日「さよならのかんずめ」というミュージカルを見たのです(このミュージカルは、宝くじで100万円当たった青年が、そのお金で作ったもの)。彼はこの行為に感動して「何かしなくては!」そう思うようになりました。そして彼がこの世界に入ったきっかけの人物といえる寺山修司さんに電話をします。「なんでもいいから一緒にやらせてください!」と。その後寺山さんが担当していたラジオ番組に出演し、レコーディングの機会を持つことになりました。そして天井桟敷の企画による自主制作レコード「初恋地獄篇」の中で「春よ来い」と「手紙」の2曲を歌うことになったのです。
 また、このレコードが彼や井上陽水を世に送り出したレコードディレクター、多賀英典さんとの出会いのきっかけともなるのです。
「残された憧憬」を聞いて感激した僕は、ほとんど毎日聞き続けました。そして聞く度に新しい感動が心を揺さぶるのです。そうしているうちに、佳さんの次のLP「夢追い人」が発表されました。そこで僕は前よりもすばらしい感動を覚えました。A面の2曲目とB面の最後に「思い込み」という曲があります。

  歌詞 略

何て素直で、何て深遠で、僕はこの感激を表す言葉を知りません。夜、一人で聞いていると不覚にも涙してしまうのです。彼の詩と、声とメロディーが、僕をどうしようもなくしてしまうのです。そして彼のうわべだけしか知らない人を僕は不幸だと思わないわけにはいきません。彼の世界の深さを・・・・。どうすればこれだけ見事に気持ちを表現できるのでしょう。それには自分の周りを通り過ぎていく、あらゆる出来事に冷静な目を持たなければなりません。そして何よりも自分の置かれた位置、それに自己を理解していなければなりません。また、あらゆるものに対して眺めるだけにとどまらず、絶えず疑問を投げかけることも大切です。子どものように「なぜ?」と。そうすることによって自分を人間として確かめて行くことになりはしないでしょうか。
この佳さんの思い込みという歌には、実に深いものがあります。たとえば、「疲れたという気がしてるのは 汚れたはずの手のひらにオモチャが残っているからなんでしょう」
というのがあります。どういうことかわかりますか?
僕もこの理解には苦しみました。でも一応それらしき答えが出せました。
つまり「汚れた」を「大人」と理解します。「オモチャ」を「子ども」に置き換え、「手のひら」は自分自身とします。もうわかるでしょう。「彩色されてゆくことだけで それを成長と呼ぶのなら 僕は彩りを拒むことにしよう」これは僕にとても深い反省を与えてくれました。「彩色」という言葉を「感化」と置き換えてもよくわかると思います。
 このように自分でも気がつかない「現実」を、佳さんは実にうまく捉えて完成された「詩」として表現しているのです。何てすばらしい、そしてすてきなことなんでしょう。
僕はどうしようもなく彼をうらやましく思い、そして人間として尊敬してしますのです。
 今の時の流れに逆らうかのように(しかしこれが真実と見極めることが大切なのですが)「今」を大切にしてその上に自分の人間としての未来を築こうとしている、そんな佳さんがとても偉大に見えるのです。
 もちろん、僕は歌の上でしか佳さんを知りません。でも「小椋 佳」という人間が手を取るようにわかるのです。流行らせるために作る歌ではなくて、自分の気持ちを正直に表現した歌、つまり心の歌です。忘れてはならないことではないでしょうか。
情報とともに同時進行する価値の相対化に対して、どれだけ冷静な目で世界を見渡せるか、そしてどれだけ正確に自己自身を捉えるか、これが大切だと考えます。毎日が時間との競争で、口ばかりで過ぎてゆく日々。そんな時一人で目を閉じると、いろんな想いが浮かびます。幼い日のこと、写真のように心に焼き付いて離れない思い出の一場面。心を傷つけられたあの日の出来事。夢。でもこれらはすべて自分一人では成り立ちません。必ず相手があります。社会であったり、女の人であったり、うまく表現できませんが、人間は絶えず「成長」しなければなりません。前に「思い込み」にあったように、「成長」とは「彩色」されて行くことではありません。そう、あらゆるものを「自分のもの」にしなければなりません。
佳さんの曲の中で、キラッと輝く部分を紹介しましょう。

(そこにいる君ではなくて、飛べない蝙蝠等々、紹介がある)

佳さんは僕にとってとても大切な人です。考えることを教えてくれた、自分自身を、そしてあらゆる出来事を冷静に見つめることを教えてくれた、いわば恩師です。
そして一種の宗教的な光さえ感じるのです。
そして再び思わないわけには行きません。小椋 佳を知らない人は不幸だと。

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私と小椋佳

可奈

十八歳の時、家族と離れての新しい土地での生活が始まりました。
そこで立ち寄った本屋さんで、ふと手にしたのが、「小椋 佳 いたずらに」 (新潮社)の、本でした。
これから始まる、学生生活、知らない土地での生活・・・そんな不安の中で 出会ったこの本は、私という基盤が作られていく過程で大きく影響しました。 私が、まだ生まれていない年に、今、私と同じ年齢の青年の日記が これほどまでに強く、私の中に入ってくるのが、不思議なほどでした。 小椋 佳さんの様な生き方がしたい。その時はただそう思っていました。
・・ 気持ちの充実を内側から持つことが大事
・・ 強くなろうとすることを忘れない弱虫のはずだ
・・ 俺は、遠回りしてでも、とにかく 俺の道をいく
・・ 真剣に生きてる人を見れば、まだまだ涙が出て仕方のない僕であることを
決して忘れない。
・・ 全てをわかろうとする無意味さ
・・ 悶々とした不明確さが悔しい
・・ 精いっぱい生きる
そんな言葉が、どんどん私の中に入ってきました。
私も、こんなふうに生きたい、こんなふうに思ってる・・・と。
それまで、有名な歌しか知らなかった私は、「詩草」を買って そればかり聴いていました。(貧乏学生でした・・)
学生の時も、社会人になってからも、恋や、仕事、人間関係、自分を見詰める時 いつも、小椋さんの詩、本が側にありました。
それから、また、新しい生活が始まって、小椋さんの生き方に憧れてから 十年が経った時、初めて、小椋さんのお話を聞くことが出来ました。
銀行員を辞めてからのことです。
その時、私は、逢えた歓びと、”願いは叶うもの”と、思ったことでした。

毎日の生活の中で、自分を見失うことが続いたり、投げ出したくなる時 いつも、「いたずらに」の本が、私を救ってくれました。

それから時間が流れて、松木さんのホ−ムペ−ジと出会うことが出来ました。
私にとっては、大きなことでした。
今まで、小椋 佳さんへの想いを話しても、わかってくれる人が私の周りには いなかったのです。
今年、(平成10年)の、3月のことでした。
小椋 佳さんの存在は、いろいろな私がいる中で、いつも心の奥底に流れてた 人であり、その考え、生き方でした。
それを、わかってもらえる心地良さ、話せる嬉しさ・・
言葉に出来なかったほどです。
半年経って、ようやく、この想いを書く気になれたのは、私の中での”小椋 佳”が 少し、変わったから〜だと思います。
尊敬するほどの想いから、今も尊敬してるし、小椋さんの生き方は憧れだけど 私は私の生き方があることに気付いてそれを見つけられた・・・ からだと思います。
奥底に流れる想いは、これからも変わりないけれど、
私なりの生き方を作っていきたい・・と思えるようになりました。
私は、ゆっくりとしか、自分で納得してからじゃないと、前へ進めないので こんなに時間がかかってしまったけれど、いい意味で、小椋さんから 卒業出来そうな気がして、・・・そしたら、私の小椋 佳さんへの想いも 書いてみたくなりました。

このホ−ムペ−ジで、アルバムで聴く良さを知りました。
知らない方が多いくらいの、詩数・・・
でも、優しく教えてくれる皆さんと出会えて、本当に良かったです。
小椋 佳と言う存在から、いろいろなもの?を、教えられ、出会わせてくれました。
風が流れる時、空を見上げる時、季節を感じる時、心を開く時・・・
言葉では、表わせにくい感覚、感性を、話せる気持ち良さ。
今は、そのことの方が大きいです。
これから先も、小椋 佳さんの生き方を、一緒に見ていたいです。
そして、自分を見詰め続けることも・・・・・。

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私と小椋佳

…やるかやらないか 違いはそれだけ 悔いなくやるだけ 後は運まかせ…
私が小椋佳さんの曲とであったのは、アニメ「マルコポーロの冒険」の「いつの日か旅する者よ」「マティオ・ニコロそしてマルコポーロ」当時小学生の私はテレビからテープにとって、1コーラスしかないのを何度も聞いてました。特に「マティオ…」の上のフレーズは、私の人生の言葉になっています。
その何年か後、アルバム「マルコポーロの冒険」を見つけ、買ったその日に5回続けて聞いてました。
…当時中学生の私は小椋さんの曲を聞いただけで少し大人になった気がしたものです。
少したって専門学校に行くようになって、初めて失恋をしたときにさまよっていた町のレコード屋で「いたずらに」を見つけ、聞きまくり浸りまくり、「マルコ…」の時とは違い、少し世の中を体験した私に今度は現実の辛さ、はかなさ、不思議さを教えてくれました。
その中の「サンゴ樹の葉裏」を失恋した彼女への手紙へ添えて送ったのはもう少し後の事でした。
その後アルバムのほとんどを買い揃え、学校の行き帰りに(往復3時間)楽しい時もつらい時も聞きまくりました、ずっといっしょでした、私にとって小椋さんの曲は青春の思い出そのものなのです。

私の小椋佳ベスト10選は

1、サンゴ樹の葉裏の……あんまり有名な曲ではありませんが個人的には大好きです(上記参照(笑)
2、挑みの足跡……最近のお気に入り、鼻歌一番です
3、歓送の歌……結婚式の退場の曲に自分で選びました、式場に歌集を渡してピアノ用に編曲してもらいました、ちなみに入場曲は「俺達の旅」こっちは式場に楽譜があったみたいです(笑)
4、徒らに戯らに……いろいろなものが詰まっている大きな歌ですね、たまに自分が洒落人か旅人か考えます。なるだけ旅人でいたいけどなかなか難しいです。
5、あなたが美しいのは……はじめてみた小椋佳さんのコンサートで忘れもしない前半の最後の曲、たくさんの子供たちが出てきた時には思わず泣けてきてしまいました。
6、流されはしなかった……コンサートの時の力のはいった唄を聞いて好きになりました。
7、思い込み……いろんな情景が浮かんでくる、なによりまして自由なものですね
8、また旅支度……若いときに家出をしたとき(笑)にずっと口ずさんでいました、自分はどこに行けばいいん だろう、などと考えながら、それ以来どこかに旅行で行ってもつい鼻歌が出ます
9、美しい暮らし……美しく暮らすというのは、どんなんでしょう?たまに思います。自分は美しく暮らしているか?
10、揺れるまなざし……私のカラオケの持ち歌です、まわりは全然知らないと言いますが、そんなことは気にしないでガンガン唄います、是非皆さんにもお聞かせしたいです(笑)
自分にとっては小椋佳さんの唄は生き方の参考書です、これからもずっと見ていたいです。

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私と小椋佳

三毛猫

 「夢の坂道は木の葉模様の石畳 まばゆく長い白い壁」「夢の夕日はコバルト色の空と海 交わってただ遠い果て」・・・・歌っているとその風景が目に浮かんできますねぇ。テレビから流れてきたドラマの主題歌「俺たちの旅」・・・・この歌の作者が小椋佳その人でした。もちろんその頃までには「さらば青春」も「揺れるまなざし」もどこかで耳にしてはいたはずなのですが,初めて小椋佳という人を意識したのはこの「俺たちの旅」だったと記憶しています。(^^;
 のちにこの歌詞は,その頃住んでいた町から遠く離れることになった私に,その町の港や遊歩道をも思い出させ,愛唱歌のひとつになりました。
 その次が「心の襞」。これもドラマの主題歌だったんですが,今度はその歌の詞や曲の美しさもさることながら,それを歌っている歌声の綺麗さに心魅かれたんですね。なんと声の綺麗な人がいるのだろうと・・・・。小椋佳という人の名前がレコード店でよく目に付くようになったのは,この時からだと思います。
 私はある意味では甘えん坊なのかもしれません。聴いていると心を和ませてくれる,すべてをすっぽりと包んでくれるような,そういう歌をずっと聴いてきたような気がします。そして佳さんの歌もまた,そうした歌の一つなんです。
 また,彼の作る歌詞のなかでは,何気なく生活のなかを過ぎていく時間と空間がきらっと光ります。「同じティーバッグが垂れている紙コップにぬるい湯注いで薄くする時間 君といられることを誰に感謝しようか」(スタンドスティル)「ただお前がいい 落とすものなど何にもないのに 伝言板の左の端に 今日もまた一つ忘れ物をしたと 誰にともなく書く」(ただお前がいい)・・・・。
 こういう歌もあります。「明日はまた希望で私を蹴って起こせ」(いつの日か旅する者よ)「若いからじゃなくて夢に挑むことで僕たちに別れはないという心通えば」(歓送の歌)。そこに彼の生き方,信条,あるいはメッセージのようなものを感じたりして。
 また,歌について彼自身が語ったことがあるのですが,「恋歌の形式はとっていても,本当は別のことを歌っている」のだそうです。実際,彼の歌を聴いていると,ときどき根底に何か別のことが歌われているようなそんな気がして,奥の深さを感じずにはいられません。
 私のなかの彼の歌の魅力とは,そういった奥深いものと,すべてを包み込むような力強さとにあるような,そんな気がしています。
 ちなみに,私の好きな小椋佳作品をあげるとすれば,
   「俺たちの旅」「歓送の歌」「スタンドスティル」
   「いつの日か旅する者よ」「歓びから振り向けば〜 TEN YEARS 〜」
   「ただお前がいい」「便り届くなら」「心の襞」
   「さらば青春」「めまい」
といったところでしょう。

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私と小椋佳−モラトリアム賛歌−

松木完之

小椋佳の歌を初めて聴いたのは、高校一年生の頃だったと思う。ラジオから「さらば青春」が流れてきたのだが、私はその歌に少なからぬ衝撃を受けた。
それまで、フォークソングといえば「反戦歌」を中心とする社会へのメッセージソングだと思っていた私の認識を根底から覆すものだったからだ。この歌には社会に対するメッセージは何もなく若い世代に対する賛意もない。逆に、青春という言葉をつきはなして見ている歌だったからである。
「青春時代」という歌の文句ではないが、そのころの私は「若い」ことなどどこがいいのだろうと考えていた。そういう私に「それでいいのだよ」といってくれているような気がした。
それから、友人宅で2〜3枚のLPを聞いた。そのなかにあった「しおさいの詩」、「あいつが死んだ」などという歌に同じような安心感を与えてもらった。
そして、大学受験を控える頃には、私の机の上は小椋佳のテープで溢れんばかりになっていた。自分の希望と若干異なる大学の受験を目指していた身には、「いまさら」は笑えるほど気持ちを反映した歌だった。
大学に入ってからの私のお気に入りは「残された憧憬」だった。そのA面の最後、「野ざらしの駐車場」から「飛べない蝙蝠」に至る部分が特にお気に入りだった。それから20余年、このLPを聞きながら年を越すのが習わしとなってしまった。それは「年は変わっても、俺は俺で変わらないぞ」という当たり前のことを認識し直す儀式なのである。
この頃の思い出深いLPが「心の襞」である。大学の2回生の時はじめて本格的な「失恋」をした。そのときに繰り返し聞いたのがこのLP、「心の襞のひとつひとつが鮮やかすぎて」というフレーズが妙にぴったりときて一晩中泣いたこともあった。
そして、振り返ってみると、この頃から小椋佳の歌と私との間の「不協和音」が少しずつ小さくなっていったように思う。言い換えれば、そのメッセージが自然にこころの中に入ってくるようになった。その代わり、小椋佳の歌を積極的に聴く時間がだんだん少なくなっていった。
そういうこともあって、小椋佳の歌を聴く時間が少なくなってきたときに出会ったのが「いたずらに」というLPだった。特にこのHPの題名にした「徒らに、戯らに」という曲はそれまでのメッセージの集大成と感じられた。この「いたずらに」というフレーズは小椋佳の歌の中に何回もでてくる。「無駄」、「徒労」等々の意味があるが、それらの言葉とは全く意味合いの違う「いたずら」という言葉の中に小椋佳の真髄があるように思う。(もちろん、それには和語と漢語の違いがあるのだが)その人生の「無駄」や「徒労」を愛し、そこを見つめる態度こそ、小椋佳の歌を愛する人が共有できる心根だと思うのだがどうだろう?
最後に、私なりのベスト10を記したいと思う。もちろん、反論大歓迎だ。

僕達の進軍
公園に来て
私の悲しみには
私の中の私達
野ざらしの駐車場
モク拾いは海へ
ただお前がいい
歓送の歌
一休宗純
徒らに戯らに


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