「1997.05.12」衝撃の貴公子〜伊集院レイ〜

[No.0000000004]新里

・伊集院の部屋(5/11夜)

伊集院 |彼と会うときは…心を凍り付かせるようにしている…。
    |これ以上、胸が熱くならないように…。
    |これ以上、心が動かされないように…。
    |そうすることで、僕は僕でいられる…。
    |報われることのない恋…。
    |僕は男なんだ…。
    |もし僕が…女の子…だったら。
    |いや、この僕には、彼を愛する資格はない…。
    |そろそろ九時…。彼からの電話がかかって来る…。
電話  |Trrr…Trrr…
    |ガチャ
伊集院 |伊集院だが。
小波  |小波駒人だけど。
伊集院 |君も相変わらず暇なようだねぇ。
    |毎日毎日、よくも飽きずに電話できるものだ。
小波  |俺もそう思う。
伊集院 |…一度聞いてみようと思ってたんだが。
    |なぜ、君はそんなに僕に電話をするんだね?
小波  |え?
伊集院 |声を聞きたいのなら学校でもいいだろうし…。
    |…まぁそれならそれでも僕は構わないんだが。(ぼそっ)
小波  |う〜ん、なぜ…って言われても…。
    |なんとなく、電話しなくちゃいけないつもりになってた…かな。
伊集院 |おいおい、そんな理由で…。
小波  |まぁいいじゃないか。はっはっは。
伊集院 |ふっ、庶民の考えることは…。
    |…。
小波  |俺も自分のことが良く分からないことがあるからな。
    |わざわざ学校に行って寝てたりとか…。
伊集院 |仕方あるまい、君は超いいかげんだからな…。
小波  |ひどい言われようだな…。
伊集院 |チョベリバ。
小波  |おいおい、そろそろチョベリバも時代遅れだぜ。
    |それに、伊集院が言うとなんか違和感が…。
伊集院 |そ、そうか…。
小波  |おっと、用事を思い出した。じゃ、切るからな。
伊集院 |ああ、それじゃ。
小波  |ガチャ
伊集院 |ふぅ…。今日もいい夢を見られそうだ…。

・学校(5/12朝)

伊集院 |昨日は良く眠れたし…。ん〜、いい朝だ…。
好雄  |また貴族が平和なことを言っている…。
伊集院 |何だね、庶民。
小波  |伊集院はいいよな、悩みがなさそうで…。
伊集院 |ああ、おはよう、小波君…。
好雄  |小波は君付で俺は庶民かよ…。
伊集院 |この僕にだって、悩みの一つや二つ…。
好雄  |聞いてねぇ…。;_;
小波  |どんな悩みなんだ?
伊集院 |き、君には言えん。
好雄  |じゃ、俺には?
伊集院 |論外だ。
小波  |そっか、それでここんとこしばらく元気がなかったのか…。
伊集院 |そ、そうかね?
好雄  |へ〜、俺は気付かなかったけどな。
小波  |だって、お前は女の子しか見てないもん。
好雄  |ひどい言われようだな。
伊集院 |事実だからしかたあるまい。
小波  |うんうん…。
伊集院 |珍しく意見が合ったようだね。
小波  |そりゃあ、好雄だもん。
好雄  |ちくそ〜。;_;
伊集院 |超いいかげんな性格だからねぇ。
好雄  |うっ…。
小波  |伊集院がそういう言葉を使うとすごい違和感があるな。
好雄  |うんうん…。
伊集院 |この僕を甘く見てもらっては困るな。
    |庶民の言葉を研究するのも大切な勉強なのだよ。
小波  |そ、そうなのか…。じゃぁ、例えば?
伊集院 |超ウルバカとか、チョベリバとか…。
好雄  |チョベリバ!
小波  |あはははは…。
伊集院 |な、何がおかしいんだね?
小波  |伊集院がチョベリバなんて言葉を知ってたなんて…。
伊集院 |…え?
好雄  |でも、そろそろチョベリバも時代遅れだよなぁ。
小波  |まぁ、伊集院らしいといえば伊集院らしいが…。
伊集院 |…。
好雄  |ま、色々と大変だろうが、頑張ってくれ、勉強。
小波  |やっぱ、金持ちは違うなぁ。
伊集院 |…。
好雄  |…あれ、怒ったかな?
小波  |時代遅れは言い過ぎじゃないか?
伊集院 |なっ…。
好雄  |小波だって笑ったじゃないか…。
小波  |そりゃそうだけど…。
好雄  |ま、そう怒るなよ、伊集院…。
伊集院 |…。いや、怒ってなど…。
好雄  |そっか、それならいいけど…。
小波  |いいとか悪いとかの問題だっけ?
好雄  |…さぁ?
小波  |さて、そろそろ授業だ。馬鹿話は終りにしようぜ。
好雄  |お、珍しく授業を受けるんだな。
小波  |ひどい言われようだな。
好雄  |そりゃお前、小波だから…。
小波  |そりゃそうだな。
好雄  |認めてどうする!
小波  |あははは…。
伊集院 |…。
小波  |…?
好雄  |何か考え込んじまったな。
小波  |どうしたんだろう。
好雄  |ほっとこうぜ、授業もあるし。
小波  |あ、ああ…。
伊集院 |…。

・学校(昼休み)

伊集院 |どういう事なんだ…。
    |彼には電話でチョベリバという言葉は話していたはずだ…。
    |ん、駒人だ。…ちょうど一人だな。
    |本人に聞いてみるか。
    |彼は忘れっぽいから単に忘れただけかも知れんし…。
好雄  |お〜い、今、すごいこと聞いちゃったよ!
伊集院 |(ちっ、余計なタイミングで現れる…。)
    |(って、なぜ僕が隠れなくてはいかんのだ?)
小波  |何だよ、そんなに慌てて…。
好雄  |それが、聞いて驚け、伊集院のことなんだけど…。
小波  |え〜っ!?
好雄  |まだ話してないっての。古典的なギャグはいいから…。
伊集院 |(ま、まずい、僕の秘密がばれたのか?)
    |外井!
好雄  |実は、伊集院はおん…。
    |ズギューン!…ばたり
小波  |お、おい、好雄、どうした、大丈夫か?
伊集院 |どうしたんだね、一体…。
    |む、これはいかん、すぐに伊集院家の私設医師団に処理させねば。
小波  |…処理?
伊集院 |…いや、治療だ。
小波  |大した怪我はしてないようだけど…。
伊集院 |麻酔銃だからな。
小波  |…へ?
伊集院 |とにかく、私設医師団に任せるんだ…。
    |(ふぅ、危ないところだった…。)

・伊集院の部屋(5/12夜)

伊集院 |今日は危ないところだった…。
    |早乙女君には強力な催眠術で僕の秘密は忘れてもらったからいいとして…。
    |結局、駒人には確認しそびれてしまったな…。
    |彼には電話でチョベリバという言葉は話していたはずだ…。
    |なのに、なぜ彼はそのことを知らないんだ?
    |…。
    |ま、まさか、駒人を名乗る別人からの電話!?
    |いや、そんなことはあるまい。
    |最初に彼から電話がかかってきたのは…入学式の日の夜だったな。
    |あの頃は毎日電話がかかってくることもなかったし、時間も不定だった…。
    |毎日、夜九時にかかってくるようになったのはいつからだ?
    |…思い出せないな。
    |…。
    |もうすぐ九時か…。
    |そうだ、駒人本人からの電話かどうか、試せばいいんだ。
    |九時まで彼と話していてキャッチホンで駒人を名乗る人間が
    |そいつは偽者だということだ…。
    |偽者…!?
    |待て、すると僕は…。偽者にときめいていたってことか?
    |…。
    |だとしたら…。
    |外井!
    |…。
    |外井!
    |…おかしいな?
外井  |は、はい、レイ様、お呼びでしょうか。
伊集院 |遅かったな。
外井  |も、申し訳ございません。
伊集院 |いや、言い訳はいい。
    |これから僕の部屋にかかってくる電話を逆探知しろ。
    |誰からかかってきた電話なのか、報告するんだ。
外井  |レイ様、そのようなことは、あの、その…。
伊集院 |いいからやるんだ!
外井  |か、かしこまりました。
伊集院 |よし、そろそろ九時だ。
    |駒人の電話番号は…。
    |ピポプピピプポ…
電話  |Trrr…Trrr…
    |ガチャ
小波  |はい、小波ですけど。
伊集院 |伊集院だが。
小波  |げっ。
伊集院 |げっとは失礼な…。
小波  |あ、いや、その伊集院が何の用だ?
伊集院 |…。
小波  |もしもし?
伊集院 |あ、いや、特に用はないんだが…。
小波  |何だ、用もないのに電話をしてきたのか?
    |金持ちの考えることはよく分からんなぁ…。
伊集院 |…。
小波  |そう言えば、昼間も何か考え込んでいたよな。
    |突然、チョベリバとか言ってみたり…。
伊集院 |あ、ああ、ちょっと驚かそうと思って…。
小波  |何だ、声が震えているように聞こえるぞ?
伊集院 |そ、そんなことは…ないさ。
小波  |そうか?…やっぱり声が震えているように聞こえるけど。
伊集院 |そうだ、一つだけ、聞きたいことがあるんだが…。
小波  |何だよ?
伊集院 |入学式の日に、僕に電話をしてきただろう…。
小波  |あ、ああ、好雄が伊集院の電話番号を聞いちゃって、むりやり
    |俺にも教えるもんだから、いたずら半分で…。
伊集院 |いたずら?
小波  |ついつい話し込んでしまったけどな。
伊集院 |そうか…。
小波  |何だよ、電話したことも忘れちまったのか?
伊集院 |いや…。その後、電話は何回くらいもらったかと思ってね。
小波  |さぁ…2〜3回ぐらいだっけ?
    |俺が伊集院に電話をかける理由なんてないじゃないか。
伊集院 |…。
小波  |もしもし?
伊集院 |…。
小波  |どうしたんだ、何黙ってるんだよ?
伊集院 |い、いや…。
小波  |おいおい、急に黙り込むなよ。
    |何か今日の伊集院、いつにも増して変だぞ?
伊集院 |いや…何でもない…。
小波  |何か、鼻声に聞こえるが…気のせいか?
伊集院 |か、花粉症だよ。この時期になるとね…。
小波  |そうか、大変だな…。金持ちでも花粉症は治せないか。
伊集院 |ああ…。
小波  |おっと、そろそろ九時か…。
伊集院 |…。
小波  |ん?
    |ピピッ
小波  |あっ…。
伊集院 |ど、どうしたんだね?
小波  |電話…。
伊集院 |電話?…電話がどうかしたのかね?
小波  |電話しなくちゃ…。
伊集院 |そ、そうか、済まない、電話をしなくちゃならないのか。
    |じゃぁ、そろそろ切らせてもらうよ。
小波  |うん…伊集院に電話…。
伊集院 |な、何だって?
小波  |伊集院に電話しなくちゃ…。
伊集院 |ま、待ちたまえ、伊集院は僕だぞ。
小波  |あ、もしもし?
伊集院 |ど、どうしたんだね?
小波  |いや、別に用はないんだけど…。
伊集院 |何を言っているんだ。
小波  |…じゃぁ、そういうわけで。
伊集院 |待ちたまえ!
小波  |何だよ。
伊集院 |君は、毎日僕に電話をしてくるんだよな?
小波  |…そうだけど?
伊集院 |ど、どういうことなんだ…。
小波  |どういうって…だから、伊集院の声が聞きたくて…。
伊集院 |そんなことは聞いていない!
小波  |何だよ、何を怒ってるんだ?
伊集院 |も、もしや…。
小波  |それじゃ、もう切るぜ?
伊集院 |…。
小波  |…じゃぁな、おやすみ。
    |ガチャ
伊集院 |外井!
外井  |は、はい、レイ様…。
    |あの、電話はかかってきていないよう…ですが…。
伊集院 |誰もそんなことは聞いてない。本当の事を話せ。
外井  |な、何のことでしょう…。
伊集院 |その慌てぶりは、何か隠しているな。
外井  |いえ、その…。
伊集院 |…。
外井  |あ、あの…。
伊集院 |…。
外井  |す、済みません、私が悪うございました…。
伊集院 |すべて話せ。
外井  |は、はい…。実は…。
外井  |…というわけでして。
    |済みません、私は…ただ、命令に逆らえず…。
伊集院 |…もういい。一人にしてくれ。
外井  |レイ様…。
伊集院 |一人にしてくれと言っている!
外井  |か、かしこまりました…。失礼いたします。
伊集院 |…。
    |何てこと…。私は…。

・???

??? |そうか、レイにすべて話したのか…。
外井  |は、はい、申し訳ありません…。
??? |いや、仕方ない。計画は見事に失敗だったんだから。
外井  |レイ様は、かなりご傷心の様子ですが…。
??? |可愛い孫のためと考えてやったことだが…。
    |まさか、レイがあの少年に恋心を抱くとは…。
外井  |今後、どういたしましょう…。
??? |何とか言い訳をしてみるさ…。

・伊集院の部屋

伊集院 |…。
    |中学を卒業した頃の僕は、庶民を見下していた…。
    |きらめき高校に行くことになったのはその態度を改める
    |だとあとで気付いた…。
    |そして、庶民の代表として選ばれたのが…。
    |小波駒人…。
    |外井の話では、校庭で寝ているところを拉致したらしい。
    |…犯罪だぞ、外井。
    |そして、強力な催眠術によって、ある一定の条件で僕に電話をするように
    |したというのだ…。
    |そう、彼は自分の意志で電話をしていたのではなかった…。
    |情報に踊らされ、僕に電話をし続けることを義務付けられただけ…。
    |催眠術の条件というのが、何のことはない、腕時計のアラーム音だった
    |というわけだ。思い当たることは確かにある。
    |僕は見事、小波駒人の幻にときめいていたわけだ。
    |つまり…今までのすべては嘘だった…。
    |コン、コン…。
??? |レイ、入ってもいいかい?
伊集院 |…今は誰とも話したくありません。
??? |じゃぁ、ドア越しでもいいから話だけでも聞いておくれ…。
伊集院 |理事長というのは、生徒を好き勝手にしてもいいのですか?
??? |そ、それは…。
伊集院 |なぜ、あんなひどいことを…。
??? |お前のためを思ってやったことなんだよ…。
    |庶民というものを理解して貰いたかったし、誰かが自分を見ている
    |ということで、正体がばれないようにすることにも注意を払うように
    |なるだろう、という…。
伊集院 |ええ、おかげで庶民というものを理解できましたよ。
    |胸が…痛いほど…。
    |もう寝ます。おやすみなさいっ。
??? |レ、レイ…。