「1996.11.23」身を引く貴公子〜伊集院レイ〜
[No.0000000004]新里
・伊集院の部屋
伊集院 |好き…。
|駒人が好き…。
|…そう認めてしまうことで心が楽になる。
|でも…。
|まだ心の中で何かが邪魔をする…。
|彼を…みんなを騙しているから?
|でも、これは家訓だから…。
|ううん、それは言い訳ね…。
|ゆかり…。
|ゆかりは恋のライバルって言っていたけど…。
|ゆかりの性格からすると、身を引いちゃうかも知れない…。
|身を引かなくてはならないのは私の方…。
|私は伊集院家の後継ぎとしての勉強もあるし…。
|そう…。
|この気持ちは、一時の熱みたいなものなのよ。
|きっと冷める…。
|冷めなくちゃいけないのよ…。
|…。
|…いけない、また彼のことを考えてる。
|私は…僕は伊集院家の御曹司。
|庶民ごときに心を動かされてはいけない…。
・学校
小波 |今週は調子が悪いな…。
伊集院 |庶民が努力をしても無駄なのだよ。
小波 |な、何だよ伊集院、わざわざそんなことを言いに来たのか?
伊集院 |…え?
小波 |え、じゃないだろ。
|人が落ち込んでいるって時に…。
伊集院 |し、しまった、体が勝手に…。
小波 |何を言ってるんだよ。大丈夫か?
伊集院 |いや、心配には及ばないよ。
小波 |…頭の方を心配しているんだけど。
伊集院 |失礼な…。
|僕は忙しいんだ。君のような庶民と関わっている暇はない。
小波 |お前が話しかけて来たんじゃないか。
伊集院 |庶民は細かいことを気にする…。
小波 |そういう問題じゃないだろう。
伊集院 |では、失礼するよ。
|あ、そうそう、庶民臭さが移るといけない、これからは無闇に
|僕に話しかけないでくれたまえ。
|じゃ。
小波 |だから、お前が…。まぁいいや、じゃぁな。
伊集院 |…。
|(これでいい、これで…。)
・学校(屋上)
古式 |で、お話というのはなんでしょうか…。
伊集院 |ああ、小波のことなんだが…。
古式 |小波さんの…。
伊集院 |…。ふぅ…。
古式 |どうかなさったのですか?
伊集院 |僕も僕なりに、小波のことをどう思っているのか真剣に考えてみたんだ…。
|ゆかりの言う通り、彼のことを好きなのかどうかをね。
古式 |…。
伊集院 |気付いたんだ…。
朝日奈 |何に気付いたの?
伊集院 |ああ、この気持ちは…。
|って、あ、朝日奈君じゃないか!?
朝日奈 |伊集院君、またゆかりをいじめてるんじゃない?
伊集院 |し、失礼な、そんなことはしてない。
朝日奈 |ゆかり、大丈夫?ひどいこと言われてない?
伊集院 |な、なぜ僕がそんなことを言わなければならないんだ…。
朝日奈 |つい先週、泣かせてたじゃない。
伊集院 |それは誤解だ。
朝日奈 |…あっそ。
伊集院 |あっそって、やけにあっさりだな…。
朝日奈 |で、何に気付いたの?
伊集院 |き、君には関係ないだろう。
朝日奈 |何よ、教えてくれてもいいじゃない、ケチ。
|ねぇゆかり、何の話をしてたの?
古式 |あ、あの〜。
朝日奈 |あれ、ゆかり、顔が真っ赤よ…。もしかしてぇ〜。
|伊集院君、告白の邪魔しちゃった?
伊集院 |な、何を言っているんだ、君は!
朝日奈 |いいじゃないの、照れなくても…。
|誰だって、恋愛はするんだから…。
伊集院 |僕とゆかりはそういう仲じゃない。
朝日奈 |あ、そんなことを言う…。ゆかり、どう思う?
古式 |あの〜。
朝日奈 |ほら、伊集院君は単なる幼なじみと思っているかも知れないけど、
|女の子には特別な感情があるかも知れないじゃない。
古式 |あの〜。
伊集院 |ゆかりは僕のことをそんな風には思ってないし、僕だってゆかりは
|幼なじみでそれ以上の関係じゃない。
朝日奈 |ひっど〜い、そんな風に決め付けちゃうなんて…。
古式 |あの〜。
伊集院 |決め付けるも何も、実際にそうなんだから仕方ないだろう。
朝日奈 |伊集院君がそう思っているだけで、違うかも知れないじゃない。
|ちゃんと確かめたの?
古式 |あの〜。
朝日奈 |いいから、ゆかりは黙ってて。
古式 |…。
伊集院 |ゆかりの気持ちは確かめなくても分かっている。
|僕に対して特別な感情を抱いているなんてことはない。
朝日奈 |だから、どうしてそう決め付けちゃうのよ。
|伊集院君って、もしかして超バカなんじゃない?
伊集院 |ちょ…。
|言うに事欠いて超バカとは失礼な!
朝日奈 |だってそうじゃない!
伊集院 |しょ、庶民にそんなことを言われる筋合いはない!
朝日奈 |な、何かというと庶民、庶民って、このウルバカ!
伊集院 |ウルバカ!?
|学校が終われば遊び回っている君にウルバカ呼ばわりされるこの…。
古式 |やめなさ〜い!
伊集院 |ビクッ。
朝日奈 |ビクッ。
伊集院 |…ゆかり?
朝日奈 |…ゆかりが切れた…。
古式 |さっきから黙って聞いていれば、超バカだのウルバカだの…。
|女の子がそんな言葉遣いをしてはいけません。
伊集院 |ゆ、ゆかり?
古式 |大体、女の子が大声を出して喧嘩するなど…。
|…。
朝日奈 |…。
古式 |は、はしたないところをお見せしてしまいました…。
|あの、喧嘩はお止めになってください。
朝日奈 |でも、伊集院君が…。
古式 |本当に、伊集院さんと私は何でもないんですよ。
伊集院 |ほらみろ。
朝日奈 |な、何よぅ!
古式 |…。
伊集院 |あ、いや、ごめん。
朝日奈 |わっ、伊集院君が謝った…。
伊集院 |…。
古式 |伊集院さんと私は、ちょっと相談をしていただけなんです。
|告白とかそういうのではありません…。
朝日奈 |そ、そうなの…。
伊集院 |で、ちょっと済まないが、席を外して貰えないかな、朝日奈君。
朝日奈 |何か、邪魔者って感じ…。
古式 |…。
朝日奈 |…いいわ。邪魔者は去るから。
|でも、もう昼休み終わっちゃうよ。
伊集院 |何だって?
古式 |あ、チャイムが…。
伊集院 |ああっ、大事な話が…。
|それにしても、ゆかりがあんな風に怒るとは…。
|ちょっとびっくりしたな。
・学校(教室)
好雄 |よう。
伊集院 |何だ、庶民か。
好雄 |で、古式さんとは仲直りできたのか?
伊集院 |と、突然だな。
好雄 |どうせお前は忙しいだろうから前置きをなくしてやったのに。
伊集院 |そ、そうか…。
|仲直りは、まぁ何とかな。君の作戦は見事に失敗だったが…。
好雄 |え、失敗したのか?…完璧だと思ったのに。
伊集院 |どこが完璧なんだ。
好雄 |練りに練った計画だったのになぁ…。
伊集院 |…。
好雄 |まあいいや。ほい、先週の五百円。
伊集院 |何だね、これは。
好雄 |先週、昼飯代に五百円借りただろう。
伊集院 |ああ…。そんな端金は返さなくてもいい。
好雄 |…ちょっと待て。先週と言っていることが違うぞ。
伊集院 |うるさい、もういからあっちへ行ってくれたまえ。
好雄 |な、何だよその態度…。ムカつく奴…。
伊集院 |僕だって気が立っているんだ。ほっといてくれたまえ。
好雄 |そっか、んじゃな。
伊集院 |…。
|(ああ、ゆかりにどうやって切りだそう…。)
|(ただでさえ月末は気が重いのに…。)
小波 |何だ、元気ないじゃないか。
伊集院 |な、何だ、庶民…。
小波 |貴族が無駄な努力でもして疲れたのか?
伊集院 |…僕に話しかけるなと言っただろう。
小波 |無闇に話しかけるな、だったような…。
伊集院 |同じことだ。
小波 |いつも調子が悪いときには散々言われているからな。
|単なるお礼だよ。
伊集院 |う、うるさい!…僕に話しかけないでくれたまえ。
小波 |話しかけるなと言われると話したくなってしまう…。
|仕返しは出来るときにしないとな。
伊集院 |頼むから、あっちへ行ってくれ。
小波 |…やだ。
伊集院 |…じゃぁ、僕が消えるとしよう。
小波 |お、おい、どこへ行くんだよ、授業は…。
伊集院 |もう君とは口を聞かない…。
小波 |…ちょっとやり過ぎたかな。
|貴族のお坊ちゃんだから、意外に繊細なのかも…。
・学校(放課後)
伊集院 |さて、ゆかりを捕まえないと…。
|教室にはいないようだ…。
朝日奈 |あれ、伊集院君。…ゆかりならさっき帰ったよ。
伊集院 |そうか…校庭で追い付けるかな。
朝日奈 |多分ね。
伊集院 |ありがとう。では、失礼するよ。
朝日奈 |じゃね〜。
伊集院 |ゆかりは…。いた。
|あ、小波じゃないか…。
小波 |あれ、古式さん、今帰るところ?
古式 |はい…。
小波 |一緒に帰らない?
古式 |すみませんが、またの機会にお願いします…。
小波 |そ、そう…。それじゃ、お先に…。
古式 |…。
伊集院 |…。
|ゆかりっ!
古式 |あっ…。レイちゃん…。
伊集院 |…。
古式 |…。
伊集院 |ずるいな、ゆかりは…。
古式 |な、何がずるいのでしょうか…。
伊集院 |ゆかりの顔に書いてあることを読んでみようか?
古式 |えっ?
伊集院 |…。
古式 |な、何のことでしょうか…。
伊集院 |誰が恋のライバルだって?
古式 |…!
伊集院 |ずるいよなぁ、ゆかりは…。
|宣戦布告しておいて逃げるんだから…。
古式 |…。
伊集院 |今のゆかり、どんな顔をしていると思う?
|…多分、先週の僕と同じ顔をしているんだろうな。
古式 |…。
伊集院 |あ〜あ、二人して身を引いちゃったら何にもならないよなぁ。
古式 |え?
伊集院 |ああ、僕は身を引くことにしたから。
古式 |レイちゃん…。
伊集院 |実はさ、小波に聞いたんだよ…。
|好きな子はいないのか?って。
古式 |…。
伊集院 |そしたら、誰かは言わなかったけど、好きな女の子がいるって…。
|そうだよな、女の子を好きになるのが普通だよな。
|…。
古式 |…。
伊集院 |そういうわけだから、僕はこれでおしまい。
|あとは、ゆかり、頑張るんだよ。
古式 |レイちゃん…。
伊集院 |大丈夫、ゆかりならきっと振り向いて貰えるさ。
|僕は高校を卒業するまではこの格好でいなくちゃならないし、
|卒業したら留学することになっているからチャンスはないけど、
|ゆかりにはまだまだたくさん時間があるんだからね。
古式 |…。
伊集院 |だから、僕の分も…頑張ってくれよな。
古式 |…わかりました。
|人様と争うのが苦手ですし、相手がレイちゃんだったので
|困っていましたが、これで頑張ることが出来そうです…。
伊集院 |駄目だよ、ゆかり。
|恋愛なんて競争みたいなもんなんだから、争うのが苦手なんて
|言ってたら、誰かに先を越されちゃうよ。
|女は度胸、当たって砕けろ!
古式 |砕けたくはないですねぇ。
伊集院 |そりゃそうだ、はっはっはっは…。
古式 |クスクス…。
・伊集院の部屋
伊集院 |ふぅ…。
|ゆかりに嘘をついちゃった…。
|ずるいのは分かっている。
|でもこのままじゃ、僕は僕でいられなくなる…。
|この想いは、絶ち切ってしまおう。
|そう、僕は伊集院家の後継ぎなんだ…。
|帝王学や経済学も学ばなきゃいけない。
|恋愛なんかしている時間はないんだ。
|そうさ、この僕が望めば、もっといい相手が見つかるさ。
|庶民などとは比べ物にならない相手がね…。
|ふっ、何だ。そう思えばこんなに気が楽じゃないか。
|だから…。
|だから、お願いだから…。
|止まってくれ、僕の涙…。
電話 |Trrr…Trrr…
伊集院 |ん…寝ちゃってたのか…。何時だろう…。
|電話…。まさか…。
|ガチャ
|伊集院だが。
小波 |小波駒人だけど。
伊集院 |も、もう君とは話をしないと言ったはずだが…。
小波 |何のことだ?
伊集院 |と、とぼけるんじゃない。学校でそう言っただろう。
小波 |そうだっけ?
伊集院 |…意地悪するのはやめてくれたまえ。
|悪いが、もう切らせて貰うよ…。
小波 |待てよ、意地悪をしているつもりじゃないんだ…。
伊集院 |じゃぁ、なぜ僕の気持ちを掻き乱すんだ。
小波 |そんなつもりもないけど…。
|大体、なんで俺がお前の気持ちを掻き乱すんだ?
伊集院 |き、君は鈍いから分からないだけだ。
小波 |この気配りの小波と言われた俺を捕まえて…。
伊集院 |誰が言ったんだ、そんな面白い冗談を…。
小波 |うっ…。
伊集院 |とにかく、僕は勉強で忙しいんだ、切らせて貰うよ。
小波 |もう少しいいじゃないか。
伊集院 |良くない!
|一体、誰のせいでこんな…。
|いや、金のドラム缶の話をしてやるからそれを聞いたら切りたまえ。
|我が伊集院家には…。
小波 |あ、用事があったんだ、それじゃ。
|ガチャ
伊集院 |…。
|話をしようとすれば切るくせに…。
|いつもいつも話をしようとすると切ってしまう…。
|なぜ…何のために電話を…。
|駄目、駒人の声を聞くだけで、涙が…。
|彼の事は諦めると決めたのに…。
|頭ではそう決めたのに…。
|いっそ、彼に関する記憶を消せたらいいのに…。
|…駄目ね。
|伊集院家の医師団の医学力を持ってしても、この想いは消せない。
|記憶を消すことは出来ても想いは残ってしまう…。
|胸が張り裂けそう…。
|…。
|彼が電話をしてくるのは…そう、いたずら電話…。
|それを勘違いしてときめくなんて、馬鹿みたい…。
|伊集院家の後継ぎがそんなことで心を乱してどうするの。
|あんな庶民のことは、芋か何かと思うのよ。
|…。
|駒人は芋、駒人は芋、駒人は芋…。
|ああっ、駄目…。
|もう、どうにかなってしまいそう…。
|初めて会った頃のことを思い出して…。
|そう、彼と会った日のことを事を思い出して…。
|心を凍り付かせるんだ…。
|そうすれば…きっと…。
・???
??? |うむ、そうか…。
|もう少し様子を見て、計画を修正するかどうかを決定する。
男 |かしこまりました。