「1996.11.12」ときめき貴公子〜伊集院レイ〜
[No.0000000004]新里
・伊集院の部屋
伊集院 |あれから一ヶ月…。ゆかりとは一言も話していない…。
|相変わらず彼からの電話はかかってくる。
|そしてそれを待っている僕がいる…。
|…いや、そんなはずはない。
|僕が、あんな庶民などに心を奪われるなど…。
|それに、彼はゆかりの想い人だ。
|応援しようって決めたんじゃないか…。
|どか〜ん!
伊集院 |ん?…何の音だろう?
電話 |Trrr…Trrr…
|ガチャ
伊集院 |(今日はいつもより早いな…。)
|伊集院だが。
好雄 |あ、早乙女だけど。
伊集院 |何だ君か。何の用だね?
好雄 |お前、古式さんを傷付けたって噂が流れてるぜ。
伊集院 |な、何だって?
好雄 |早く何とかしたほうがいいぜ。じゃあな。
伊集院 |ま、待ちたまえ!
好雄 |ガチャ
伊集院 |…。
|しまった…油断していた…。
・学校(屋上)
伊集院 |ゆかりっ。
古式 |…。
伊集院 |なぁ、怒らないで話を聞いてくれよ…。
古式 |…。
伊集院 |確かに、僕と小波は一緒にいることが多いけど、それは、ゆかりが
|そうするように頼んだからじゃないか…。
古式 |…。
伊集院 |誘拐されたときに来てくれたんだって、彼は友人として僕のことを
|見ているというだけで…。
古式 |…。
伊集院 |電話だって、彼の方からかけ…あっ。
古式 |え?
伊集院 |あ、いや、何でも…ないんだ。
古式 |…。
伊集院 |…ゆか…り?
古式 |もういい…。
伊集院 |え?
古式 |もういいって言ったんです。
伊集院 |もういいって…何が?
古式 |私のことはもう構わないでください…。
伊集院 |構わないでって…。幼なじみじゃないか。
古式 |私には伊集院君なんて幼なじみはいません。
伊集院 |そ、そんなこと言われても…。
古式 |…。
朝日奈 |あ〜っ!伊集院君が女の子をいじめてる〜。
伊集院 |な、なんだね、突然。
朝日奈 |ゆかり、何かひどいこと言われたの?
古式 |…。
伊集院 |し、失礼な、僕がそんなことを…。
朝日奈 |でも、泣きそうな顔してるじゃない。
伊集院 |そ、それは…。
朝日奈 |女の子を泣かせるなんて、超サイテー!
|行こ、ゆかり。
古式 |…。
伊集院 |あ、あの…。
朝日奈 |アッカンビ〜〜〜だ。
伊集院 |ちょっと…待ち…たまえ…。
|たったった…。
伊集院 |超サイテー…。この僕が、超サイテー…。
|最低を超えるってことか…?
|いや、最低ってのは最も低いということだから、それを超える…。
|…チョベリバ。
・学校(昼休み)
伊集院 |(何とかしてゆかりの機嫌を直さないと…。)
好雄 |何だ、珍しく考え事か?
伊集院 |…ああ。
好雄 |…。
伊集院 |…。
好雄 |た、頼む、いつものように庶民呼ばわりしてくれぇ。
伊集院 |…何を言っているんだ、庶民。
好雄 |そうそう、それでこそ伊集院だ。
伊集院 |用ならあとにしてくれないか。僕は考え事があるんだ。
好雄 |古式さんのことだな。
伊集院 |なっ…。
好雄 |顔に書いてあるぜ。
伊集院 |そんなこと…。
好雄 |…こすっても無駄だっての。
伊集院 |で、君は僕をからかいに来たのか?
好雄 |いや、困っているようだからアドバイスを…。
伊集院 |どういう風邪の吹き回しだ?
好雄 |まぁまぁ。古式さんの機嫌を直したいんだろ?
|だったらいい方法があるぜ…。
伊集院 |どういう方法だね?
好雄 |高飛車な態度だなぁ…。ま、いいけど…。
|古式さんの好きな相手って知ってるか?
伊集院 |え?
好雄 |何だ、知らないのかよ、幼なじみのくせに。
伊集院 |な、なぜ幼なじみだってことを?
好雄 |へへ、女の子のことなら何でもお見通しさ。
伊集院 |ま、待て、僕は男だぞ。
好雄 |ぶっ…はははは。あ〜はははははは。
|わ、笑わせるなよ…。
伊集院 |ギクッ…。
好雄 |古式さんの幼なじみがお前だってことだよ。
|お前、変な奴だな…。
伊集院 |わ、悪かったな…。
|で、ゆかりの好きな相手が何なんだ?
好雄 |小波ってさ、放課後に女の子を見つけるとすぐに一緒に帰りたくなる
|癖があるんだよ…。
伊集院 |ふむ、確かに…。
好雄 |だから、古式さんを校門で待たせておいて、小波をそこに行かせれば
|一緒に帰って機嫌も直るという寸法だ…。
伊集院 |そ、そんなにうまく行くのか…?
好雄 |大丈夫。小波の鈍さは俺が保証する。
伊集院 |君に保証されなくても、彼は十二分に鈍いが…。
好雄 |え、えらい言われようだな…。
伊集院 |で、具体的な作戦は…。
好雄 |伊集院は、古式さんを校門の前に待たせておいてくれ。
|話があると言えば、いくら機嫌が悪くても無視する古式さんじゃない。
|ちゃんと待っていてくれるだろう。
伊集院 |やけに詳しいな…。
好雄 |だから、女の子のことなら俺にまかせとけって。
伊集院 |で、小波はどうするんだ?
好雄 |小波は、俺が校門に行くように仕向ける。
伊集院 |なるほど、それで二人は仲良く…。
好雄 |そ、仲良く下校というわけだ。
伊集院 |…。
好雄 |完璧なこの計画…。
伊集院 |あまり気が乗らないな…。
好雄 |…ん?何か言ったか?
伊集院 |あ、いや、ではそのように頼む。
好雄 |まかせておけって。
伊集院 |しかし、なぜ急にこんな親切を…?
好雄 |ふふふ…実はさ…。
伊集院 |実は?
好雄 |実は俺、弁当を忘れてきてしまったんだ…。
伊集院 |は?
好雄 |しかも金がないから購買のパンは買えないし…。
|…というわけで、助けてくれっ。五百円でいいから…。
伊集院 |小波は駄目だったのか?
好雄 |あいつが女の子以外にお金を使うわけないだろ。
伊集院 |…それもそうだ。
好雄 |というわけで、五百円でいいから…。
伊集院 |小切手でいいかね?
好雄 |いいわけないだろ!
伊集院 |怒ることはないじゃないか…。
|しかし、あいにく僕は現金は持ち歩かないからねぇ。
好雄 |そ、そんな…。
伊集院 |待て、はやとちりするな。今用意させる。
好雄 |へ?
伊集院 |外井、至急五百円持って来い。
好雄 |…何を言っているんだ?
|ガララ…
外井 |レイ様、五百円、お持ちしました。
好雄 |おわっ!
伊集院 |ん、ご苦労。
外井 |では、失礼します…。
好雄 |ど、どういう…。
伊集院 |先の誘拐事件以来、僕の制服のボタンは通信機になっていてね。
|どこにいても外井に命令が出せるのさ。
好雄 |出せるのさって…。
伊集院 |ほら、五百円だ。…頼んだぞ。
好雄 |か、金持ちの考えることはやっぱ分からん…。
|くっくっく、それにしても…。
伊集院 |ん、なんだね?
好雄 |古式さんの好きな相手が小波だって言っても驚かなかったな。
伊集院 |あ…。
好雄 |知ってたんだろ。
|幼なじみの恋の応援とは、いいところあるじゃないか。
伊集院 |そ、そんなこと…。
好雄 |少し、見直したかな。
伊集院 |ふっ…。庶民に見直されても…。
|ところでその五百円、あとでちゃんと返してくれたまえよ。
好雄 |な、何だよ、くれるんじゃないのか。
伊集院 |誰があげるものか。伊集院家の財産の一部だ。
好雄 |ちぇ、見直すんじゃなかった…。
・学校(放課後)
伊集院 |(ここからなら校門からは見えないな…。)
|(さて、ゆかりはちゃんと待っててくれるだろうか…。)
|(あ、来た…。)
古式 |あら、レイちゃん、まだ来てないですねぇ。
|私の方が遅いかと思いましたのに…。
|…。
伊集院 |(確かに、待ち合わせするとゆかりのほうが遅いけど…。)
古式 |なんだか…。
|このまま、帰ってしまいたい気分ですねぇ…。
伊集院 |(そ、それは困る…。)
古式 |…。
小波 |あれ、古式さん。
古式 |あ、小波さん…。
小波 |今、帰るところ?
古式 |ええ、まぁ、そうですけれども…。
小波 |じゃぁ、一緒に帰らない?
古式 |…。
伊集院 |(どうしたゆかり、はいと言え…。)
小波 |…どうしたの?
古式 |あの〜。
伊集院 |(はい帰りましょうと言えってば…。)
小波 |…ん?
古式 |私、待ち合わせをしておりますので、済みませんが…。
伊集院 |(な、なんだって〜。)
|(好雄の奴、何が完璧な作戦だ…。)
小波 |そ、そう、それじゃ、お先に…。
伊集院 |(ま、まずい…。)
|や、やぁ、君たちも帰りかね?
小波 |な、何だよ、伊集院か…。
古式 |…。
伊集院 |僕は用があるので帰らせて貰うが、君たちはこれから一緒に
|仲良く帰るのかね?
小波 |え?…いや、古式さんは用があるから…。
伊集院 |何を言っているんだ、君を待っていたのがわからないのかね。
|乙女心の理解できない奴だな…。
小波 |古式さん、そうなの?
古式 |え〜と…。
小波 |違うよね。そんなわけないじゃないか、伊集院。
伊集院 |(こ、この男は…!)
|と、とにかく、僕は帰るから、君たちも帰りたまえ。
小波 |何でそんなことをお前に指図されなきゃいけないんだよ。
伊集院 |い、いいから、早く二人で帰りたまえ!じゃ、失礼するよ。
小波 |じゃぁな、伊集院。
|じゃ、古式さん、一緒に…帰る?
古式 |…。
伊集院 |(ふぅ、やれやれ…。)
|(なんだろう、妙に胸が苦しい…。)
|(もしかして、僕は…。)
|(いや、何も考えまい…。)
・伊集院の部屋
電話 |Trrr…Trrr…
|ガチャ
伊集院 |伊集院だが。
小波 |小波駒人だけど。
伊集院 |何だ、また君か。
小波 |いや、別に用はないんだけど…。
伊集院 |今日はゆかりと…。
小波 |ん?
伊集院 |いや、何でもない…。
小波 |それじゃ。
|ガチャ
伊集院 |…。
|これでいいんだよな、これで…。
・学校(翌日の朝)
伊集院 |これで、ゆかりの機嫌も直ったことだろう…。
|これからはもう少し気を付けないとな…。
|あ、ゆかりだ。
古式 |…。
伊集院 |ギクッ…。
|(何か、ちっとも機嫌が直っていないような…。)
古式 |おはようございます、伊集院さん…。
伊集院 |あ、あの、まだ…怒ってる?
古式 |はい。
伊集院 |…な、なぜ?
古式 |ご自分の胸に聞いてみてはいかがですか?
伊集院 |そんなことを言われても…。
古式 |わからないのですか?
伊集院 |…。
古式 |あ、小波さん。
伊集院 |えっ!?
古式 |…嘘です。
伊集院 |ゆかり、ふざけてるのか怒ってるのかどっちなんだよ。
古式 |怒っています。
伊集院 |…だから、どうして?
古式 |今さっき、顔に書いてありました。
伊集院 |えっ?
古式 |こすっても無駄です。
伊集院 |書いてあったって…。何が?
古式 |あ、小波さん。
伊集院 |小波はもういいから…。
小波 |何だよ、ひどい言われようだな…。
伊集院 |こ、小波…。
小波 |俺は邪魔者か?…じゃぁな。
伊集院 |あ、あの、いや…。
|…。
古式 |…。
伊集院 |…。
古式 |もうお分かりになりましたか?
伊集院 |…。
古式 |レイちゃん、最近とても綺麗になりましたね…。
伊集院 |な、何を言いだすんだ…。
古式 |いえ、とても輝いていますよ…。
|幼なじみなのですから、すぐに分かります…。
伊集院 |…。
古式 |それがなぜなのかも、もう分かりました…。
伊集院 |ゆかり…。
古式 |それなのに、レイちゃんったら、無理をなさるから…。
|昨日も、今にも泣き出しそうな顔をなさってましたよ。
伊集院 |…えっ。
古式 |そろそろ、ご自分の気持ちに正直になってはいかがですか?
伊集院 |いや、僕は…。
古式 |伊集院さんに言ってるんじゃなくて、レイちゃんに言ってるんです。
伊集院 |…た、確かに、彼のことが気にならないと言えば…嘘になるけど。
古式 |…ふふっ。
伊集院 |…?
古式 |これからは、私たち、恋のライバルですね。
伊集院 |あ、ああ…。
古式 |私、負けませんよ…。では、失礼します…。
伊集院 |恋の…ライバル…。
・伊集院の部屋
電話 |Trrr…Trrr…
|ガチャ
伊集院 |伊集院だが。
小波 |小波駒人だけど。
伊集院 |何だ、また君か。
小波 |いや、別に用はないんだけど…。
伊集院 |じゃぁ、今日は純金製のテレビの話を…。
小波 |あ、用事を思い出した。じゃ。
伊集院 |ま、待ちたまえ!
小波 |ガチャ
伊集院 |…。
|ゆかり…。ゆかりの言う通りだ…。
|僕は…いえ、私は、小波駒人のことが…。
|今まで意識してなかったけど…。
|いえ、あえて意識しないようにしてきたのね…。
|「好き…」
|この時、伊集院家で起こっていたことに僕は気付いていなかった…。