「1996.08.11」ハプニングinサマー(第3話)

[No.0000000001]山本

・8月11日夕方プライベートビーチ

小波  |なぁ、伊集院よぉ。
伊集院 |なんだね、庶民。
小波  |お前、泳がないのか?
    |ここに来てからずっとヨットパーカー着たままで、
    |水着姿にすらなってないじゃないか。
伊集院 |ふっ、何を言うかと思えば…。
    |この僕がなぜ庶民と一緒になって泳がねばならんのだ?
小波  |…、じゃあ何しについてきたんだ、お前?
伊集院 |君たちにも僕の優雅な生活をホンの少しでも
    |味あわせて上げようと思ってね。
    |まぁ、君には優雅な生活など落ち着かないかもしれんがね。
    |は〜っはっはっはっはっはっはっは。
小波  |じゃあ、泳がないのか?
伊集院 |一人になれば泳ぐさ。
小波  |一人で泳いでも面白くないだろう。
伊集院 |庶民と一緒になって泳ぐよりマシだ。
小波  |……いやに泳ぐのを嫌がるな?
伊集院 |な、なにを馬鹿なことを。
    |庶民と一緒に泳ぐのが嫌なだけだと言っているではないか。
小波  |何をどもってるんだ?
    |なんかやましいことでもあるのか?
伊集院 |し、失礼な。
    |何故僕が君にやましい思いを抱かねばならんのだ。
小波  |ほら、またどもった。
伊集院 |そ、そんなことは…。
小波  |ほらまた。
伊集院 |……。
小波  |せっかく海に来たんだから、かっこ付けずに泳がないと
    |面白くないだろう。
    |まだもうしばらくは泳げそうだ。
    |ほら、行こうぜ、伊集院。
伊集院 |は、離せ!手を引っ張るな!!
    |僕は今海に入るわけには…。
小波  |お前、泳げないんだろ?
伊集院 |なっ……。
小波  |それを俺達に馬鹿にされるのが嫌だから泳がないんだ。
伊集院 |馬鹿なことを言うな!
    |僕の泳ぎは人魚にすら例えられたと言うのに。
小波  |人魚?
    |女じゃあるまいし。
伊集院 |(どきっ!)
小波  |おおかた、「半魚人」の間違いじゃないのか?
伊集院 |う、うるさい!
    |とにかく、今僕は海には…。
小波  |こんな良いところに連れてきてくれたお礼に、
    |俺が泳ぎを教えてやるよ。
    |(これで弱みを握ってしまえば、伊集院もちょっとは大人しくなるかも…)
伊集院 |だ、だから僕は泳げるというのに!
    |離せ!止めろ!今は駄目なんだ!!
小波  |(何なんだよ、「今は」駄目ってのは…)
    |トゥルルルルルル、トゥルルルルルル…
小波  |な、何の音だ?
伊集院 |僕の携帯用無線電話「話せる君1号」の呼び出し音だ。
小波  |な、なんだそりゃ…。
伊集院 |とにかく電話だ。
    |離せ。
小波  |あ、あぁ。
    |(ちっ、弱みを握るチャンスだと思ったのに…)
    |がちゃ
伊集院 |僕だが…。
    |…うむ……、なに!?
小波  |うわっ!
    |びっくりした、急に大声出すなよ。
伊集院 |…そうか、ならば良い。
    |至急原因を追究するのだ。
    |…、うむ、僕たちは夜まではこっちにいる。
    |夕食の準備も持ってきているから問題ない。
    |…、うむ、宜しく頼む。
    |がちゃ
伊集院 |うむ…。
小波  |ど、どうしたんだよ?
伊集院 |うむ、船員達が集団食中毒を起こしたらしい。
小波  |な、なんだって!?
伊集院 |幸い、航海士、機関士以外のドクターや、パーサーは無事だし、
    |症状も比較的軽くて済んでいるそうだ。
小波  |よ、良かった。
伊集院 |ただ…。
小波  |ただ?
伊集院 |船が動かないのだ。
小波  |う、動かないって、なんで?
伊集院 |船員が全員倒れたのだ、動くわけが無かろう。
小波  |そ、そっか。
伊集院 |明日には出発する予定だったのだが…。
小波  |…、まぁ仕方ないだろ、不幸な事故なんだし。
    |船員さんが早く回復してくれることを祈ろうぜ。
伊集院 |うむ、仕方あるまい。
    |みんなには僕から説明してくるとしよう。
    |では。
小波  |あ、逃げたな?

・8月11日夜プライベートビーチ

伊集院 |……と言うことで、現在船内を徹底消毒中だ。
    |本土に戻るのが数日遅れることになってしまったが、
    |伊集院家の名に賭けて無事に送り届けることだけはお約束する。
詩織  |まぁ、仕方がないわよね。
美樹原 |そ、そうだね。
伊集院 |急ぎ戻らねばならない人が居れば、船から無線で迎えを来させるが?
清川  |別に、良いんじゃない?
    |せっかく夏休みなんだし。
片桐  |そうねぇ、どうせならエンジョイしなきゃ損よね。
魅羅  |あら、清川さんは練習があるから帰った方が良いんじゃないかしら?
清川  |…ここだって十分に泳げるんだから問題ないよ。
魅羅  |あら、そう。
清川  |私が帰らなくて残念だったね。
魅羅  |…なんのことかしら?
清川  |……。
魅羅  |……。
小波  |そ、そういえば朝日奈さんと古式さんが見あたらないけど…?
館林  |まだ帰ってきて無いみたい。
小波  |そ、そうなの?
如月  |お昼頃は古式さんは浮輪で遊んでいたようですけど…。
伊集院 |まぁ、ここの海はかなりの遠浅だ。
    |溺れることもない…と思いたいのだが……。
小波  |(う〜ん、なにせ古式さんだからなぁ…)
伊集院 |まぁ朝日奈君がついているようだから心配はないだろう。
優美  |それより優美お腹が空いた〜。
小波  |とりあえず夕食の準備をするか。
伊集院 |そうだな、この食材は僕専用の冷蔵室から持ってきたものだから
    |食中毒の心配はない。
    |安心して食べてくれたまえ。
好雄  |って言っても、肉やら野菜やら固まりのままでごろごろしてるだけじゃ
    |食うに食えないぜ?
虹野  |あ、料理なら私に任せて。
小波  |そうか、虹野さんは料理が得意なんだったね。
虹野  |他に取り柄も無いから…。
小波  |何か1つでも人より優れたものがあるって言うのは凄いことだと思うよ。
虹野  |そ、そうかな?
    |ありがとう、そういう風に言われると、何だか嬉しいね。
小波  |いや、ホントに凄いと思ってるから。
詩織  |…量が多そうだし、私も手伝うわ。
虹野  |えっ?
    |い、いいよ、そんなの。
    |サッカー部の合宿とかで作る量なんて、こんなモンじゃ無いんだから。
優美  |優美も手伝う!
好雄  |ゆ、優美!?
    |お、お前は止めとけ、な?
優美  |何でよ、お兄ちゃん?
好雄  |いや、ほら、船医さんはいま大変だし、胃薬も無いし…。
優美  |それってどういう意味…?
好雄  |はっ、し、しまった。
    |い、いや別に大した意味は…。
優美  |コブラツイスト〜!!
好雄  |ぎゃ〜っ!!
    |お、俺が悪かった〜!!
小波  |(好雄って、案外ハードは生活を送ってるなぁ…)
詩織  |じゃ、じゃあみんなで料理しましょう、ね?
虹野  |そ、そうね。
優美  |うわぁい!
    |先輩、優美がすっごくおいしい料理をこさえて上げますからね。
小波  |う、うん、楽しみにしてる…。
清川  |全員でって、私もか?
片桐  |メイビー、全員でって言うんだから、そうじゃない?
清川  |うぅ、料理なんてやったこと無いのに…。
片桐  |野菜刻む位なら何とかなるわよ。
清川  |そ、そうかなぁ…。
魅羅  |私が料理ですって?
    |そんなことをしては手が荒れるじゃないの。
    |私はイヤだわ。
清川  |…、出来ないものは仕方ないよな。
魅羅  |…なんですって?
清川  |まぁ、料理をやったこともない人間が料理を手伝ったって
    |邪魔にしかならないもんなぁ。
片桐  |(ちょっと、望、そこまで言わなくてもいいじゃない)
清川  |(大丈夫、任せて)
    |まぁ、小波への料理は私たちだけで作るから、鏡さんはあっちで休んでれば?
魅羅  |…みんなの自信を無くさせてはと、辞退しようと思っていたけれど
    |気が変わりましたわ。
    |清川さん、あなたに「料理」と言うものがどういうものか
    |見せて差し上げますわ。
    |余りの包丁さばきの美しさに見とれてしまわないようにご注意なさいな。
    |ほ〜っほっほっほっほっほ。
清川  |(ねっ?)
片桐  |(ん〜、アンダスタン。なるほどねぇ…)
紐緒  |私はちょっと用事があるから。
小波  |紐緒さん、どこに行くの?
紐緒  |心配しないでも下拵えが済んだ頃には帰ってくるわ。
朝日奈 |やっほ〜、ただいまぁ。
古式  |大 変 遅 く な っ て し ま い、申 し 訳 ご ざ い ま せ ん。
小波  |あ、朝日奈さんに古式さん。
    |良かった、無事だったんだ。
    |今までどうしてたの?
朝日奈 |ちょっと聞いてよ〜。
    |もう、超大変だったんだからぁ。
小波  |???
    |なんかあったの?
朝日奈 |ゆかりがね、浮輪に掴まったまま例の「癖」が出ちゃってさぁ。
小波  |癖?
朝日奈 |そ、あのぼ〜っとするやつ。
古式  |別 に 癖 と 言 う わ け で は 無 い の で す が…。
小波  |なるほど。
    |で?
朝日奈 |そのまま、ず〜っと沖の方まで流されちゃったのよ〜。
小波  |げっ、よく帰って来れたね。
古式  |一 生 懸 命 泳 い だ の で す が、全 然 岸 に 近 づ か な い の で す。
朝日奈 |で、私が助けに行って、引っ張って来たって訳。
古式  |お 陰 で 助 か り ま し た。
朝日奈 |あんたも、その所構わずぼ〜っとするの、何とかしなさいよね。
古式  |申 し 訳 あ り ま せ ん、
    |ち ょ っ と 考 え 事 を し て い た も の で す か ら…。
朝日奈 |まったくぅ。
    |大体、あのとき小波君か望がいればこんな苦労しないで済んだのに。
小波  |え?
    |さ、探したの?
朝日奈 |もう探しまくったって。
    |私じゃ絶対に助けられるって保証が無かったし。
    |でも二人ともどこにもいないんだもん、もうチョベリバって感じ。
小波  |ご、ごめんね。
朝日奈 |まぁ、いいけどさ。
    |今日はどこにいたの?
小波  |いや、ちょっと遠くへ…。
    |はははは、まぁいいじゃない。
朝日奈 |ふ〜ん、まっいっか。
    |もう疲れちゃったよ、ちょっと休んでるね。
古式  |私 も ち ょ っ と 日 に 当 た り す ぎ た よ う で す。
    |し ば ら く 休 ん で お り ま す の で…。
小波  |あぁ、そこのビーチマットに寝転がってるといいよ。
朝日奈 |ご飯出来たら呼んでよね。
小波  |分かった分かった。
小波  |さてさて、料理の方はどうなったかな…。
如月  |あ、小波さん。
小波  |あれ、如月さん。
    |鍋の番?
如月  |ええ、そうなんです。
    |私、料理は余り得意な方では無いから…。
    |作り方はいっぱい知ってるんですけど、なかなかうまく行かなくて…。
小波  |みんなそれぞれ出来ることをやってるんだから、気にすることはないよ。
如月  |そうですか?
小波  |それに料理なんてそのうちうまくなるって。
如月  |そうだといいですね。
小波  |ま、好きな人が出来て、その人に料理を作るようになれば
    |イヤでも上達するさ。
如月  |うふふっ、そうかもしれませんね。
小波  |如月さんは好きな人はいないの?
如月  |えっ!?
    |す、好きな人…ですか?
小波  |いや、そんなにびっくりすること聞いた?
如月  |あ、あの…。
    |わ、私……。
小波  |あ、ゴメン。
    |別に答えてくれなくても良いから。
    |(あ〜あ、真っ赤になっちゃってるよ…)
如月  |あ、あの、わ、私、私は……。
    |ふらっ
小波  |うわっ!
    |き、如月さん!?
如月  |ご、ごめんなさい。
    |お鍋の熱気に当てられてしまったみたいで…。
小波  |そ、そう。大丈夫?
    |(自分で勝手にのぼせ上がっただけのような…?)
如月  |ごめんなさい。
    |またご迷惑を…。
小波  |そんなのいいよ。
    |別に迷惑だなんて思ってないからさ。
    |俺が鍋の番替わるから、しばらく休んでなよ。
如月  |ごめんなさい…。
小波  |ほら、連れていって上げるよ。
    |大丈夫?
如月  |あ、ありがとうございます。
小波  |ふぅ、如月さんには下手な話題はふれないな…。
    |さて、鍋の番をするか…。
優美  |先輩!
小波  |うわっ!?
    |ゆ、優美ちゃん、どうしたの?
優美  |如月先輩とどこ行ってたんですか?
小波  |えっ?
    |いや、如月さんが鍋の熱気に当たって貧血を起こしたから、
    |向こうに連れていっただけだよ。
優美  |ふ〜ん……。
    |じゃ、優美が替わりに鍋の番やります。
小波  |えっ、いいの?
優美  |先輩はそこで見てて下さいね。
    |う〜ん、結構熱いですね。
    |あぁ、優美も眩暈がして来ちゃった。
    |先輩、優美も熱気に当たっちゃった見たいです…。
    |……。
    |……先輩?
    |先輩!?
    |もぉ、どこ行っちゃったんですかー!?
好雄  |なんだ優美、そんな大きな声出して。
優美  |うぅ〜、卍固めー!!
好雄  |ぐぉわ〜〜〜〜!
    |お、俺が何をしたって言うんだ〜!!。
    |がくっ
小波  |あれ、詩織と美樹原さんだ。
詩織  |♪ん〜んん〜
美樹原 |くすっ。
詩織  |メグ、どうしたの?
美樹原 |詩織ちゃん、楽しそう。
詩織  |そ、そうかな?
美樹原 |うん、歌なんか口ずさんでるし。
詩織  |そういうメグもなんか楽しそうよ?
美樹原 |うん、なんか詩織ちゃんと一緒に料理をこさえるなんて
    |久しぶりだなぁって思って。
詩織  |そういえば中学校の家庭科の授業以来だっけ?
美樹原 |そうだよ。
    |あのときは詩織ちゃんが指を切っちゃって、大変だったよね。
詩織  |もう、メグは変なところで記憶力が良いんだから…。
    |あ、思い出した。
    |そういうメグだって卵焼き真っ黒にしたじゃない。
美樹原 |あ、あれは詩織ちゃんの怪我を心配してたら、火を消し忘れて…。
詩織  |ふふふっ。
美樹原 |くすくすっ。
詩織  |懐かしいね…。
美樹原 |本当だね…。
詩織  |あ、そういえばこれは覚えてる? ……
小波  |なんか、声かけない方が良さそうだな。
館林  |いいなぁ、みんな料理が上手で。
    |それに比べて私なんて…。
虹野  |そんなこと無いよ。
    |根性で練習すれば、あなたもきっと上手になるわ。
館林  |ううん、私、そんな根性無いし…。
    |あ〜あ、料理でも出来れば、もう少し役に立てるのになぁ。
紐緒  |誰の役に立つのかしら?
虹野  |きゃあ、あ、ひ、紐緒さん?
紐緒  |人の声を聞いて驚くのは失礼よ。
虹野  |ご、ごめんなさい。
    |突然に声をかけられたから…。
紐緒  |あら、ちゃんと声をかける前にテーマソングが流れたはずよ。
虹野  |えっ?
紐緒  |ほら、聞こえないかしら?
    |ちゃちゃちゃちゃ〜っちゃ
虹野  |ほ、ホントだわ…。
    |でもどこから…。
紐緒  |気にしないでいいわ。
    |そういう作りになっているのよ。
虹野  |そ、そういうものなの…?
紐緒  |そういうものなのよ。
    |それよりあなた、誰の役に立ちたいの?
館林  |え、あの、その…。
    |べ、別に、特定のだ、誰かって訳じゃあ…。
紐緒  |…そう、まぁいいわ。
    |で、料理が上手になりたいのね?
館林  |こ、このパターンは…。
紐緒  |料理が上手になりたいのね?
館林  |あの…。
紐緒  |なりたいのね?
館林  |えっと…。
紐緒  |なりたくないの?
館林  |人体改造はいやなんだけど…。
紐緒  |そんなことはしないわ。
館林  |そ、そうなの?
紐緒  |たかが料理のために人体改造するほど暇では無いわ。
    |で、料理が上手になりたいのね?
館林  |「はい」って言ったらどうなるの…?
紐緒  |簡単よ。
    |この薬さえ飲めば、料理の鉄人も真っ青の腕前になれるわ。
館林  |なんか、緑色でどろっとしてるんだけど…。
紐緒  |色と効果は関係ないわ。
館林  |なんか、黒っぽい煙が出てるんだけど…。
紐緒  |煙と効果は関係ないわ。
館林  |なんか、刺すような刺激臭が…。
紐緒  |臭いと効果は関係ないわ。
    |さぁ、料理が上手になりたければこれを飲むのよ。
館林  |あ、あの…、結構ですぅ〜!
    |ぴゅ〜
紐緒  |……残念だわ。
    |せっかく新しく作った薬を試すチャンスだったのに。
虹野  |そ、それってホントに「料理が上手になる薬」なの…?
紐緒  |試してみる?
虹野  |…遠慮します。
紐緒  |そう?
    |あぁ、そうだわ。
    |調味料、渡しておくわね。
虹野  |えっ?
    |調味料ならここに…、無くなってる…。
紐緒  |さっき館林さんが持っていったわよ。
    |これは替わりよ。
虹野  |あ、ありがとう…。
    |でも、なんでこんなものを?
紐緒  |私は忙しいからそろそろ失礼するわ。
虹野  |???
詩織  |どうしたの?
虹野  |あ、藤崎さん。
    |さっき、紐緒さんが…。
詩織  |あ、それ調味料?
    |ちょっと足りなかったの。貸りてもいい?
虹野  |えっ?
    |ええ、良いけど…。
詩織  |ありがとう。
    |さぁ、急いでシチューを作っちゃわなきゃ。
虹野  |あ、藤崎さん、その調味料は紐緒さんの…。
    |あ〜あ、行っちゃった。
魅羅  |…大体あなたは包丁の使い方がなってないわね。
    |包丁は叩き切るものではなくってよ。
清川  |これで切れるんだからいいじゃないか。
魅羅  |そんな切り方をしていたら、あっと言う間に切れなくなるわよ。
清川  |じ、じゃあどうするんだよ。
片桐  |ザッツイージー、引いて切るのよ。
魅羅  |……、押して切るのよ。
片桐  |あら、そうなの?
魅羅  |ついでに言うなら、あなた、指までスライスしたいの?
清川  |ど、どういうことだよ。
魅羅  |左手の指先を丸めておかないと、指まで切ってしまうわよ。
清川  |なるほど…。
魅羅  |あなたの血で真っ赤に染まった食材なんて見たくもないわ。
清川  |私だって見たくないよ、んなもん。
魅羅  |まったく、このぐらい料理の基本でしょう?
清川  |悪かったね、基本も知らなくて。
    |でも意外だったなぁ。
    |まさか鏡さんにホントに料理が出来るなんて…。
魅羅  |この私の美貌にかかれば、料理なんて軽いものよ。
    |ほ〜っほっほっほっほっほ。
片桐  |ドントアンダースタン、理解できないわ。
    |料理と容姿がどう関係するの?
清川  |関係するんだよ、きっと、この人の場合は。
魅羅  |二人とも、手が止まってるわよ。
    |私のようにうまくないのだから、せめて急ぎなさい。
清川  |はいはい…。
小波  |さて、そろそろ出来る頃かな?
好雄  |こ、小波〜〜。
小波  |好雄、こんな所で寝転がってなにしてるんだ?
好雄  |だ、誰のせいでこんな目にあったと思ってるんだ…。
小波  |こんな目?
    |うわっ、よく見るとあちこち痣だらけじゃないか。
好雄  |優美にやられたんだよ!
小波  |優美ちゃんに?
    |また怒らせるようなことを言ったんだろ。
好雄  |怒らせたのはお前だよ!
    |俺はとばっちりを受けただけだ!!
小波  |俺が…?
    |う〜ん、そんな覚えは無いけどなぁ…。
好雄  |頼むから俺が再起不能になる前にその鈍感を直してくれ。
美樹原 |よいしょ、よいしょ…。
小波  |あ、美樹原さん。
美樹原 |あ、小波さん…。
小波  |鍋を運んでるんだ。
美樹原 |は、はい、あ、あの…。
小波  |重そうだね、手伝おうか?
美樹原 |えっ、でも、そんな…、いいんですか?
小波  |いいからいいから、さぁ、貸しなよ。
好雄  |こら、小波、いきなり俺を無視するんじゃない!
小波  |さ、渡して。
美樹原 |あの、ありがとうございます…。
小波  |別にいいってば。
    |きゅっ
美樹原 |……。
小波  |(あ、手を握っちゃった)
美樹原 |きゃ!
小波  |うわっ、そんな急に手を離したら!
    |ばしゃっ!
好雄  |うわっち〜!!!!!
小波  |だ、大丈夫!?
好雄  |あちあちあちあちあち〜!!!!!!
小波  |美樹原さん、やけどしてない?
美樹原 |はい、あの、ごめんなさい、急に手を離してしまって…。
小波  |いや、俺の方こそゴメン、手なんか握っちゃって。
    |そういうのって嫌いだったよね。
美樹原 |いいえ、違うんです。
小波  |えっ?
美樹原 |いやだったんじゃなくて…。
小波  |……。
好雄  |あち〜!!あちあちあち〜!!!!
美樹原 |……、は。
小波  |……?
美樹原 |はずかしい、もうだめぇ。
    |たったったったった
小波  |…、な、何だったんだ、今の緊迫した雰囲気は。
好雄  |小波〜!!俺を殺す気か〜!!!!
小波  |なんだ、好雄。
    |まだいたのか?
好雄  |お前、俺にシチューをぶちまけておいて、よくそんなことが言えるな!?
小波  |なんだ、お前にかかったのか。
    |良かったな、怪我が無くて。
好雄  |どこ見てやがる!
    |思いきりやけどしてるじゃないか!!
小波  |そうなのか?
    |いや、暗くてよく見えなくて…。
好雄  |お前の目は女の子しか見えないのか!!
小波  |お前に言われたく無いぞ。
    |あ、紐緒さん。
好雄  |えっ!?
紐緒  |あら、小波君、どうかしたの?
小波  |好雄がやけどしたんだって。
    |何か薬を持ってないかな?
好雄  |い、いや、やけどなんかしてないよ。
    |大丈夫、大丈夫!
    |そ、それじゃあな!
    |だだだだだだだだっ
紐緒  |別に問題はなさそうね。
小波  |そ、そうだね。
紐緒  |じゃあ、私は忙しいから行くわよ。
小波  |うん、じゃあね。
    |まぁ、好雄もあれだけ走れれば大丈夫だろう。
    |あ〜あ、シチューが殆どこぼれちゃったよ。
    |一人分位しか残ってないや…。
    |仕方ない、諦めるしか無いな。
朝日奈 |ゆかりぃ、なに見てるの?
古式  |は い、皆 さ ん が お 食 事 を 作 っ て い る の を 見 て い る
    |の で す が…。
朝日奈 |ふ〜ん、作るの見てて楽しい?
古式  |い え、皆 さ ん 手 際 が よ ろ し い の で つ い 見 と れ て
    |し ま い ま す。
朝日奈 |まぁ、ゆかりに比べればね。
    |ゆかりって料理なんて作るんだっけ?
古式  |は い、た ま に で す け ど。
朝日奈 |へぇ、そうなんだ。
古式  |お 父 さ ま も お 母 さ ま も 出 来 映 え は 褒 め て 下 さ い ま す。
朝日奈 |そんなに上手なんだぁ。
    |今度教えてもらおうかなぁ。
古式  |た だ、朝 御 飯 を 作 っ て い た は ず な の に、
    |出 来 上 が る と お 昼 に な っ て い た り
    |す る も の で す か ら…。
朝日奈 |あはは、ゆかりらしいっちゅうか…。
古式  |所 で、お 料 理 を 習 っ て ど う な さ る の で す か?
朝日奈 |えっ?
古式  |お 料 理 な ど、興 味 無 い と 仰 っ て い た よ う に
    |思 う の で す が?
朝日奈 |ま、まぁ、ちょっとした心境の変化かな。
古式  |誰 か お 料 理 を 作 っ て 差 し 上 げ た い 人 が 出 来 た と か…。
朝日奈 |(どきっ!)
    |(ゆかりってへんなとこで鋭いからなぁ…)
    |そんなんじゃ無いって。
    |流行の料理とか、自分で作れたらかっこいいじゃない。
古式  |…そ う で す か?
    |私 で よ ろ し け れ ば、い く ら で も 教 え て
    |差 し 上 げ ま す が…。
朝日奈 |サンキュー。
    |やっぱ持つべきものは友達だよね。
清川  |うぅ〜、鏡さんは絶対料理なんか出来ないと思ったのになぁ。
片桐  |ソーサプライズ、びっくりしたわね。
清川  |あれだけ美人で、家事もできるなんて反則だよ。
片桐  |あら、望だって負けてないと思うけど?
清川  |なにが?
片桐  |「あれだけ可愛くて、水泳もできるなんて反則だよ」
清川  |ば、馬鹿、なに言ってるんだよ。
片桐  |ノーノー、嘘じゃ無いわよ。
    |絵のモデルにするなら、私は望を選ぶわ。
清川  |ほ、ホントに?
片桐  |そうね、題名は「ジャンヌ・ダルク」なんてどうかしら?
清川  |……彩子!
片桐  |あはは、ジョークジョーク。
    |「人魚姫」なんてどう?
清川  |ふん、今更言ったって遅いよ。
    |どうせ私は男っぽいよ。
片桐  |ユーロング、それは違うわ。
清川  |えっ?
片桐  |望は確かに言動は男っぽいけど、中身は誰よりも女の子だもの。
    |アイノウ、私はそれを知ってるわ。
清川  |……ありがと。
片桐  |ところで、望?
清川  |なに?
片桐  |さっきから、野菜のちぎり方が細かすぎるような気がするんだけど?
清川  |あぁ!
    |話に夢中で気付かなかったよ。
    |そういうことは早く言ってよぉ。
虹野  |ねぇ、ドレッシング作ってくれないかな?
    |作り方は書いておいたから。
片桐  |オーケイ、いいわよ。
清川  |私は野菜の準備が残ってるからパス。
片桐  |え〜、一人でやるの?
優美  |片桐先輩、優美が手伝います。
片桐  |サンキュウ、助かるわ。
清川  |あの二人で大丈夫なのかな?
虹野  |簡単だから、多分…。
片桐  |え〜と、お酢と、サラダオイル、塩と黒胡椒っと…。
優美  |片桐先輩、どうすれば良いんですか?
片桐  |ウエイト、ちょっと待って。
    |え〜と、まずお酢とサラダオイルを混ぜ合わせるのよ。
    |はい、お酢。
優美  |これに、サラダ油を混ぜればいいんですね?
    |え〜い!
片桐  |ん?
    |なにか嗅ぎ慣れた臭いが…。
    |ウ、ウエイト、優美ちゃん、ちょっと待って!
優美  |どうしたんですかぁ?
片桐  |ちょっとそのオイルを見せてもらえるかな?
優美  |はい。
片桐  |これは…テレピン油……。
優美  |優美、何か間違えましたか…?
片桐  |優美ちゃん、こっちのオイルを混ぜてもらえるかな?
    |あ、さっきのは捨てちゃってね。
優美  |???
    |分かりました。
片桐  |どこにこんなものがあったのかしら…。
優美  |はい、終わりましたぁ。
片桐  |ちょっと貸してね。
    |……、うん、大体量も合ってるわね。
    |じゃあ、お塩を貸してもらえる?
優美  |はい、どうぞ。
片桐  |お塩を5グラム……。
    |このお塩、いやにサラサラしてるわね…。
    |ぺろっ
    |……、優美ちゃん、これお砂糖なんだけど。
優美  |えぇ、優美、また間違えちゃったんですかぁ?
    |ごめんなさぁい。
片桐  |ドントマインド、気にしなくていいわよ。
    |優美ちゃんはそこの黒胡椒をすりつぶしてくれるかな?
優美  |分かりましたぁ。
    |優美、頑張りまぁす。
伊集院 |何やら随分と騒がしかったようだが?
小波  |気のせいだよ。
伊集院 |まぁそれならいいが。
好雄  |そろそろ晩飯にしようぜ。
伊集院 |そうだな、なにかとあって遅くなってしまったが、
    |早速夕食としよう。
小波  |う〜ん、このサイコロステーキは絶品だな。
虹野  |ホント!?
    |それ、私が焼いたの。
小波  |そうなんだ、やっぱり虹野さんは料理が上手だなぁ。
詩織  |……。
小波  |あ、こっちの鳥の唐揚げもなかなか…。
魅羅  |あら、それは私が作ったのよ。
小波  |えっ!?
    |か、鏡さん、料理出来るの?
魅羅  |当然よ、この美貌にかかれば料理なんてお手のものだわ。
清川  |……。
片桐  |……。
小波  |(料理と美貌とどう関係するんだろう…)
魅羅  |まぁ、どこかの誰かとは違うってことね。
清川  |わ、私だってサラダを作ったんだからな。
魅羅  |嘘を言ってはいけないわ。
    |野菜を刻んだだけじゃないの。
清川  |ぐっ…。
小波  |で、でも、丁度いい大きさに切れてるよ、このサラダの野菜。
清川  |そ、そうか?
片桐  |ドレッシングは私が作ったのよ。
優美  |優美も手伝ったんだよ。
小波  |そうなのか、おいしいよ。
優美  |うわぁい、やったぁ!
小波  |詩織は、何を作ったの?
詩織  |私が作ったシチューは誰かさんがひっくり返してくれました。
美樹原 |ご、ごめんなさい…。
詩織  |あ、ち、違うのよ。
    |メグを責めてるんじゃないの。
    |悪いのは駒人君だわ。
小波  |はいはい、私がわるうございました。
    |じゃあ、このスープは誰が?
如月  |そっちはみんなの合作です。
小波  |そうなんだ。
好雄  |あれ、俺のはスープじゃなくてシチューだぞ?
館林  |あ、スープがちょっと足りなかったから…。
    |それは、こぼさずに済んだ残りなの。
好雄  |えっ、そうなのか?
館林  |うん、丁度一人分だけ残ってたから。
好雄  |へっへぇ、羨ましいか、小波?
小波  |べ、別に。
好雄  |あぁ〜、何だか詩織ちゃんの味がする。
小波  |そんな訳無いだろ!
好雄  |へへへ……、えへへへへ…。
小波  |よ、好雄?
優美  |お、お兄ちゃん?
朝日奈 |な、なんか様子が変だよ?
古式  |前 に も 同 じ 様 な お 顔 を 拝 見 し た こ と が あ る よ う な…。
小波  |えっ?
古式  |前 に も 同 じ よ う に な っ た こ と が
    |ご ざ い ま せ ん で し た か?
小波  |前…?
朝日奈 |あ〜、ピクニックだ!
詩織  |あ、マジックマッシュルーム…。
朝日奈 |ゆかり、よく覚えてたねぇ。
古式  |つ い こ の 間 で は な い で す か。
朝日奈 |ついこの間って、1年近くも前でしょ。
    |も〜、相変わらず時間感覚が超ニブなんだからぁ。
虹野  |でも、あのときみたいな怪しげな食べ物は入れてないはずよ?
紐緒  |おかしいわね。
小波  |!?
    |紐緒さん、また何かしたの?
虹野  |あっ、ひょっとしてあの「調味料」って…。
紐緒  |……。
詩織  |えっ、調味料?
小波  |調味料って一体…?
紐緒  |……。
虹野  |うん、藤崎さんが持っていった調味料って実は…。
好雄  |はっはっはっは…。
    |あ〜っはっはっはっはっは。
紐緒  |何がおかしかったのかしら…。
小波  |お、おい、好雄!
    |紐緒さん、何か薬とか無いの!?
紐緒  |残念ね、今はなにも持っていないわ。
好雄  |あっはっは、あ…、魚だ…。
小波  |おいおい。
好雄  |…、そうか俺も魚だったんだ。
    |お〜い、俺も連れていってくれ〜。
    |たったったったった
小波  |ま、まずいぞこりゃ。
古式  |や は り あ の と き と 同 じ 様 で す ね ぇ。
朝日奈 |ねぇ、なんか海に向かって走ってるよ?
優美  |頭を冷やせば元に戻らないかな?
清川  |おいおい、そんなこと言ってる場合か!?
    |追いかけないとやばいよ!
小波  |そ、そうだ、追いかけなきゃ!!
    |だだだだだだだだ
小波  |だめだ、追いつかない!
    |下手すると溺れてしまう!!
    |ひゅ〜ひゅっ!
    |ざざざざざざざざざざざっ!!
清川  |さ、サメっ!?
小波  |好雄!!
伊集院 |あわてる事はない。
    |我が伊集院家が誇る、玉まわしザメだ。
    |さぁ、目が覚めるまでまわしてやるがいい!
好雄  |……んん!?
    |どわぁ〜!
    |何でまた俺が回されてるんだ〜〜〜!!?
    |8月11日夜プライベートビーチ
小波  |結局、好雄はこの後また「重度の船酔い」に陥った。
    |船酔いと言うよりは完全に三半規管がマヒしてるんじゃないんだろうか?
    |…まぁ溺れ死ななかっただけよしとしよう。
    |他の料理には「紐緒さんの調味料」は使われていないことを確認して
    |夕食はなごやかに終了した。
    |結局あの調味料は何だったんだろう…。
    |紐緒さんはなにも言わなかったけど、紐緒さんが作ったものに違い
    |ないと思う。
    |さて、この後船まで帰ることになるんだが、好雄がこれじゃあ
    |結局この荷物は俺が持って帰るんだろうなぁ…。