「1995.10.26」悩める貴公子〜伊集院レイ〜

[No.0000000004]新里

・伊集院の部屋

伊集院 |そろそろ九時だな…。
    |また、小波からの電話がかかってくる時間だ…。
    |しかし、彼は何を話すというわけでもなく、ただ単に電話をするだけだ。
    |館内ネットワークへのクラッキングを試みているのかとも疑ったが、
    |どうやらその痕跡は見当たらないようだ…。
    |では、一体、何のために…。
電話  |Trrr…Trrr…
    |ガチャ
伊集院 |伊集院だが。
小波  |小波駒人だけど。
伊集院 |…。
小波  |伊集院…だよな?
伊集院 |伊集院だが。
小波  |何で黙ってるんだ?
伊集院 |…。
小波  |いや、別に用はないんだけど…。
伊集院 |…。
小波  |…じゃぁ、そういうわけで。
伊集院 |…。
小波  |…?
    |ガチャ
伊集院 |…。ふむ、なるほど…。

・伊集院の部屋(翌日)

電話  |Trrr…Trrr…
    |ガチャ
伊集院 |伊集院だが。
小波  |小波駒人だけど。
伊集院 |何か用かねみたいな。
小波  |いや、別に用はないんだけど…。
伊集院 |用がないんなら切ってくれないとチョベリバ。
小波  |…じゃぁ、そういうわけで。
伊集院 |バイビー。
小波  |ガチャ
伊集院 |…。ふむ、なるほど…。

・伊集院の部屋(翌々日)

電話  |Trrr…Trrr…
    |ガチャ
伊集院 |はい、藤崎だが。
小波  |小波駒人だけど。
伊集院 |…。
小波  |いや、別に用はないんだけど…。
伊集院 |ちょっと待ちたまえ。
小波  |…じゃぁ、そういうわけで。
伊集院 |待ちたまえ!
小波  |…は、はい。
伊集院 |君は、ふざけているのか?
小波  |…?
伊集院 |君は、ふざけて僕に電話をしているのかと聞いているんだ。
小波  |何で?
伊集院 |君は、わざわざ僕のところに電話をかけておきながら、会話の方は
    |まったく上の空だろう。
小波  |そんなことないよ。
伊集院 |じゃぁ、昨日僕が言ったことを覚えているか?
小波  |チョベリバ。
伊集院 |…。
小波  |…。
伊集院 |お、覚えているんじゃないか。
小波  |当たり前だろ。
伊集院 |…。
小波  |…。
伊集院 |ま、まあいい。用がないのなら、電話を切らせて貰うよ。
小波  |チョベリバ。
    |ガチャ
伊集院 |…。ふむ、なるほど…。って、納得いくか〜!
    |ええい、明日、本人に直接問いただしてやる。

・学校(朝)

伊集院 |まだ彼は来ていないようだな…。
    |今のうちにお手洗いにでも行っておくか…。
    |もちろん、僕専用の特別なお手洗いにね…。
    |自分専用のお手洗いがあるなんていうのも、この僕ならではの…。
    |…。
    |ちっ、まずいな…。急がなくては…。
    |月末はいつも…。
    |どんっ!
伊集院 |きゃっ。
小波  |あっ…。ご、ごめんなさい…。
    |って、何だ、伊集院か。
伊集院 |び、びっくりさせないでくれたまえ。
小波  |女みたいな声を出すなよ、伊集院。
伊集院 |そ、そんなことはない。君の聞き間違いだろう。
小波  |そうか?
    |…そう言えば、そんな気もする。
伊集院 |気がするんならそうなんだろう。
小波  |そうなの…かなぁ。
伊集院 |じゃ、僕はちょっと用があるので失礼するよ。
小波  |トイレか?
伊集院 |デ、デリバリーのかけらもないのか、君は。
小波  |何で、俺が配達をしなくちゃならないんだ?
伊集院 |…。
小波  |…もしかして、デリカシーの間違いじゃ…。
伊集院 |そ、それじゃ、失礼するよ。
    |はぁーっ、はっはっは…。
    |あ、まずい…。
小波  |…何だ、あいつ?

・伊集院レイ専用お手洗い(笑)

伊集院 |ふぅ…。
    |それにしても、小波の奴…。
    |まさか、僕の秘密に感付いたんじゃあるまいな…。
    |電話のことにしても…。
    |しまった、慌てていたので電話のことを聞き忘れていた。
    |この僕としたことが…。
    |まあいい、クラスは同じなんだ、会う機会はいくらでもある。

・教室

伊集院 |さて、小波は…。
    |おや、見当たらないな。どこへ行ったんだろう。
    |もうすぐ授業が始まるというのに…。
    |付録の早乙女君はいるようだが…。
    |カラ〜ンコロ〜ン
伊集院 |チャイムが鳴ったぞ…。
    |彼はまだ教室に来ないのか?
    |まさか、どこかで倒れているのでは…。
    |いや、そんなやわな人間ではないな。
    |しかし、どこへ…。
詩織  |起立!
伊集院 |(おっと、先生がもう来てたのか…。)
詩織  |礼!
伊集院 |(それにしても、小波はどこに…。)
詩織  |着席!
    |ガタガタ…。
教師  |それでは、授業を始めます…。
    |今日は、文系の…。
伊集院 |(どこへ行ったんだ、小波…。)
    |(…。)
    |(ま、まさか、秘密を知って消されるのを恐れて逃げたのか?)
    |(ふっ、我が伊集院家が誇る私設軍隊の諜報能力を持ってすれば、どこに
    |隠れようが見つけることなどはたやすいが…。)
    |…ん?
    |(と窓の外に視線を移す僕だった)
    |な、何だ!?
教師  |ど、どうしました、伊集院君。
伊集院 |あ、いや…、何でもありません…。
教師  |そ、そうですか…。
    |では、授業を続けさせていただきますが、そもそも…。
伊集院 |(こ、小波…。)
    |(どこへ行ったのかと思えば…。)

・校庭(休み時間)

伊集院 |探したぞ。
小波  |…う〜ん、むにゅむにゅ…。
伊集院 |起きろ!
小波  |ん〜、何だ、誰かと思えば、伊集院か…。
伊集院 |伊集院じゃないっ!
小波  |…じゃぁ、誰なんだ?
伊集院 |伊集院だ。
小波  |何だ、いいんじゃないか…。んじゃ、おやすみ…。
伊集院 |おやすみじゃない、君はこんなところで何をしているんだ。
小波  |…寝てる。
伊集院 |そんなことは見ればわかる。
小波  |じゃぁ、わざわざ聞かなくても…。
伊集院 |そうじゃない。なぜ君は、制服を着て学校に来て寝てるんだ?
小波  |学校には制服を着てこないといけないんだよ…。
伊集院 |問題点がずれている!
小波  |庶民だからな…。むにゅむにゅ…。
伊集院 |あ、こら、寝るな。話を聞きたまえ。
小波  |スピー、スピー。
伊集院 |し、信じられん…。学校に寝に来ているという情報は本当だったのか。
    |しかし、それでも成績が上昇しているのは確かだし…。
    |侮れん奴…。
    |ピピッ
伊集院 |ん、もうこんな時間か、そろそろ教室に戻らなくては。
    |小波は…どうせ起きないだろう。放っておくか。
小波  |ん〜…。
伊集院 |な、何だ、起きているんじゃないか。
小波  |電話…。
伊集院 |おい、どこへ行くんだ、待ちたまえ。
小波  |…。
伊集院 |もしかして、夢遊病なのか?
    |おい、待ちたまえ!
小波  |…。
伊集院 |おい、学校を出てどうするんだ。
小波  |電話…。
    |公衆電話…発見…。
伊集院 |公衆電話が目的…?
    |ガチャ
    |ピポプピポプピ。
電話  |Prrr…Prrr…
伊集院 |な、何でこんなときに携帯が…。誰だ。
    |ガチャ
伊集院 |伊集院だが。
小波  |あの、小波だけど。
伊集院 |な、何!?
    |…って、君は僕の目の前の公衆電話にいるじゃないか。
小波  |いや、別に用はないんだけど…。
伊集院 |そんなことはわかっている!
小波  |…何を怒っているんだよ。
伊集院 |べ、別に怒ってはいない。
    |ただ、庶民のあまりにも奇怪な思考についていけないだけだ。
小波  |それより、授業、始まってるぜ。
伊集院 |今は、授業より君のことだ。
    |君の行動は不審な点が多すぎる!
小波  |そうか?
伊集院 |そうだ。
小波  |…そうかな?
伊集院 |そうだ。
小波  |…。
伊集院 |…。
小波  |でも、これでも俺、一生懸命やってんだぜ。
伊集院 |学校に来て寝ているだけじゃないか。
小波  |寝ることがどれだけ重要か、わかってないようだな…。
伊集院 |生物にとって睡眠が重要なことは認める。
    |しかし、君の場合は単に授業をさぼっているだけのように見えるが。
小波  |わかってないなぁ、伊集院…。
    |休日は何かと忙しいから、平日に休むんじゃないか。
伊集院 |そういうものなのか?
小波  |そういうものなんだよ。
伊集院 |だ、誰がそんなことを決めたんだね?
小波  |仕様なんだよ。
伊集院 |仕様なのか。
小波  |だから仕方ないんだよ。
伊集院 |仕方がないのか。
小波  |納得した?
伊集院 |…かなり納得できんが、納得しよう。
小波  |それは良かった。
    |これで、俺がさぼっているんじゃないとわかっただろう。
伊集院 |それとこれとは話が違うような気がするが…。
小波  |う〜ん、意見が噛み合わないな…。
    |とにかく、俺はある人に振り向いて欲しくて一生懸命なのだ。
    |寝るのもその努力の一環というわけなのだな。
伊集院 |ある人…?
小波  |ああ。その人は、俺なんかには手の届かない人だけどな。
    |いや、届かないのは今だけだ。努力すればきっと…。
伊集院 |…。
小波  |何だよ、急に黙って…。
伊集院 |い、いや…。それより、なぜ電話なんか使って…?
小波  |電話じゃなきゃ…。
伊集院 |電話じゃなきゃ…何だね?
小波  |…。
伊集院 |…もしもし?
小波  |…。
伊集院 |おい、どうしたんだ?大丈夫かね?
小波  |スピー、スピー…。
伊集院 |ね、寝ている!
    |ええい、世話の焼ける奴だ、こんなところで寝るんじゃない。
    |せめて学校に戻ってから寝たまえ!

・伊集院の部屋(夜)

伊集院 |小波…。彼は一体、何を考えているのか…。
    |最後の言葉…。「電話じゃなきゃ…」
    |電話でなければ言えないということなのか?
    |まさか、面と向かっては言えないことがある?
    |ほ、本当に、僕の正体はばれてないんだろうか…。
    |…心配になってきた。
    |…。
    |手の届かない人というのは誰なんだろう…。
    |振り向いて欲しくて一生懸命、か…。
    |…うらやましい話だな。
    |僕には真似の出来ないことだ…。
    |…。
    |そう言えば、彼が自分のことを話すとは…。
    |驚いたな、いつも相手のことを聞くばかりだったのに。
    |ゆかりにも教えてあげないと…。
    |…。
    |それにしても、手の届かない人というのは…。
    |…って、何を気にしているんだ、僕は。
    |そ、そうそう、ゆかりに教えてあげないとな。
    |手の届かない…。
    |も、もしかすると、ゆかりのことか?
    |古式不動産の一人娘だから、庶民に手が届かない存在なのは確かだけど…。
    |それを言うなら…。
    |それを言うなら、この…。
    |な、何を考えているんだ、僕は。
    |彼が僕の正体に気付いているわけはないじゃないか。
    |そうだ、あの口の軽い小波が僕の正体に気付いて噂にならないわけが…。
    |…。
    |となると、手の届かない人というのは…。
    |…。
    |待て、なぜ僕があんな庶民のことを考えなければならんのだ。
    |…ばかばかしい、時間の無駄だ。
電話  |Trrr…Trrr…
    |ガチャ
伊集院 |伊集院だが。
小波  |小波駒人だけど。
伊集院 |な、何か用かね。
小波  |いや、用はないんだけど…。
伊集院 |用がないなら切らせてもらうよ。
    |まさか、僕の声を聞きたいというわけでもあるまい。
小波  |あはは。実はそうなんだ。
伊集院 |…え?
小波  |何だか知らないけど、伊集院の声が聞きたくなって。
伊集院 |ふ、ふざけるのもいい加減にしたまえ。
小波  |ふざけてなんかいないよ。
伊集院 |声を聞くぐらい、学校でも出来るだろう。
小波  |う〜ん、でも、今聞きたくなったんだ…。
伊集院 |い、言っておくが、僕は男だぞ。
小波  |知っているよ。
伊集院 |(え…?)
    |な、なら、男が男の声を聞きたくて夜中に電話するというのがどういう
    |ことなのか、考えてみたまえ。
小波  |う〜む…。
伊集院 |じゃぁ、用がないんなら電話を切らせて貰うよ。
小波  |あ、伊集院…。
伊集院 |なんだね。
小波  |おやすみ…。じゃ。
    |ガチャ
伊集院 |…。
    |あ、いや、落ち着け…。
    |庶民のつまらない挑発で鼓動を早めるんじゃない…。
    |落ち着け…。
    |僕が男だと言ったときの彼の反応からすると、彼は本当に僕の正体に
    |気付いてはいないようだ…。
    |…。
    |じゃぁ、なぜ彼は僕に電話を…。
    |あ〜、月末はイライラする!