「1995.04.04」貴公子との遭遇〜伊集院レイ〜

[No.0000000004]新里

・学校(自己紹介後の休み時間)

女子1 |ねぇ、伊集院さん。伊集院さんの趣味は何ですか?
女子2 |好きな食べ物は何ですか?
女子3 |趣味は何ですか?
女子4 |普段はどういうことをしているんですか?
女子1 |ちょっと、私が最初に質問してるのよ!
女子2 |何よ、私の方が先よ!
女子3 |あんた達、ちょっとどいてよ!
女子4 |ちょっと、誰よ、私の足を踏んでるのは?
伊集院 |君たち、僕のために喧嘩をするのはよしたまえ。
女子達 |はぁ〜い。
伊集院 |質問なら、一人ずつ順番にしてくれたまえ。
    |あいにく、僕の身体は一つしかないんでねぇ。
好雄  |じゃぁ、電話番号は?
伊集院 |○△×−○△×○だ。
好雄  |じゃぁ、スリーサイズは?
伊集院 |上から順に…な、何だね、君は?
好雄  |あ、あれ、伊集院…?
    |何で俺がお前なんかの電話番号を聞かなきゃいけないんだ?
伊集院 |君が聞いたんじゃないか!
    |まったく、庶民の考えることはよくわからないな。
    |さっき言った電話番号はさっさと忘れたまえ。いいね。
    |君のような庶民と違って、プライベートな時間を大切にしたいんでね、
    |間違っても電話をかけてきたりなどしないでくれたまえよ。
好雄  |…言われなくても忘れてやるよ。
女子1 |私はかけてもいいですよね?
女子2 |私も…。
伊集院 |はっはっは、女性からの電話ならいつでも歓迎するよ。
    |ただし、さっきも言ったように、僕の身体は一つしかないからねぇ。
    |話中だった場合にも、お互いに喧嘩などをしないように。いいね。
女子達 |はぁ〜い。
好雄  |ちっ、キザな野郎だ…。
小波  |おい、好雄。
好雄  |な、何だよ、びっくりした。…小波か。
小波  |お前、女の子のことは何でも聞いてくれって言ってたよな?
好雄  |あ、ああ。
小波  |しかし、女の子ばかりか伊集院にまでスリーサイズを聞くとは…。
好雄  |ま、待て、皆まで言うな。あれは何かの手違いだ。
小波  |ほんとに手違いかぁ〜?
好雄  |な、何だよ、その汚いものを見るような目は。
小波  |別に、俺は何も言ってないだろ。
    |ま、俺に惚れても無駄だということは、今のうちに言っておいてやろう。
好雄  |…もういいよ。
    |自分でも何であんな奴のところに行ってしまったのか…。
    |俺、悪い病気にかかったのかも知れない…。
小波  |ま、待てよ、冗談だよ。落ち込むなよ。
    |きっと、環境が変わったせいで疲れてるんだよ。
    |そんなに気にするなよ、な。
好雄  |お前…実はいい奴だったんだな…。
小波  |何だと思ってたんだ。
好雄  |いや、単に軽いだけの軟派男かと…。
小波  |お前に言われちゃぁ…。
好雄  |何だよ、お前、詩織ちゃんを追いかけてここに入学したんだろ?
小波  |な、何でそれを?
好雄  |へぇ、図星か…。
小波  |き、きったね〜!
好雄  |小波はとりあえず詩織ちゃんが好き、と。
小波  |ま、待て、何だよ、そのとりあえずってのは…。
好雄  |お前、見るからに尻が軽そうな感じだからな。
    |とても、3年間詩織ちゃん一筋でいられるとは思えない…。
    |女の子のことなら何でも聞いてくれと言ったとき、お前の目が
    |キラリと光ったのを、俺が見のがしたと思うのか?
小波  |う、うぐ…。し、しかし、俺と詩織はなぁ…。
伊集院 |君達。
小波  |おわぁっ!
好雄  |い、伊集院!
伊集院 |何だね庶民、この僕を呼び捨てにする気か。
小波  |いきなり現れるなよ、伊集院。
好雄  |そうだ、驚くじゃないか、伊集院。
伊集院 |呼び捨てにするなと言っているだろう、庶民。
小波  |じゃぁ、なんて呼べばいいんだよ、伊集院。
伊集院 |君達のような庶民が我が伊集院家の名前を口にするのもおこがましい。
小波  |じゃぁ、てめぇ。
伊集院 |こ、これだから庶民は困る…。
    |仕方がない、百歩譲って伊集院様と呼ぶことを特別に許そう。
    |君達はこの僕と同級生になれた、非常に幸運な人間だからねぇ。
小波  |で、何の用なんだ、伊集院。
伊集院 |ええい、これだから頭の悪い庶民は困る。伊集院様だ。
    |ちゃんと様を付けたまえ。
小波  |伊集院、貴様。
伊集院 |ああ言えばこう言う…、庶民とはどうしてこうも屁理屈ばかり…。
    |いいか、伊集院家と言えば、世界でも3本の指に入る大富豪であり…
    |…って、おい、どこへ行くんだ?
小波  |何だよ、用があるなら早く言えよ、伊集院。
好雄  |伊集院家の自慢をしたいのか?
伊集院 |…判った。庶民を相手にムキになった僕が馬鹿だった。
    |これが、父上のおっしゃられる庶民との触れ合いなのだな。
    |勉強になった。礼を言うぞ。
小波  |俺は金持ちのボンボンと触れ合いたくなんかないぞ。
    |…ま、まさかお前、俺の身体が目当てか?
伊集院 |ば、馬鹿を言うな!誰が…。
好雄  |顔が赤いぞ、伊集院。
伊集院 |そ、そんなことはない!
    |あまりに低俗な話で怒りが顔に現れているんだ!
好雄  |まさかお前、女の子だけじゃなくて男にも取り囲まれたい、なんて
    |考えてるんじゃないのか?
小波  |それじゃ好雄だよ。
好雄  |うぐうぐ。(T^T)
伊集院 |ええい、そんなつまらない話をしに来たんじゃない。
    |君達に用があったんだ。
小波  |だから、さっきから何だって聞いてるのに…。
伊集院 |君達、先ほど藤崎さんの名前を親しげに呼んでいたようだが?
小波  |(地獄耳か、こいつ…)
伊集院 |何か言ったかね?
小波  |いや、あ、ああ、詩織か。詩織は俺の幼なじみだからな。
伊集院 |そうか。手間を取らせたな。
    |では、失礼するよ。
小波  |…。
    |ちょ、ちょっと待てよ。
伊集院 |何だね、庶民。僕に用かね?
    |あいにく、僕は忙しいんでね、手短に頼むよ。
小波  |そうじゃなくて、お前の用って詩織のことを聞くだけだったのか?
伊集院 |…そうだが。それが何か?
小波  |たったそれだけで、庶民だの伊集院様だのと…。
伊集院 |人間、出会いの印象がその人の印象の大部分を決定するからねぇ。
    |君達が僕に失礼な言動を吐いてしまって一生後悔することにならない
    |ように、という親心だよ。
小波  |ああ、おかげで伊集院がどんな奴かは判ったよ。
伊集院 |庶民に讃められても何の得もないな。
小波  |讃めてないっ!
伊集院 |はっはっは、ひがむな庶民。
    |おっと、僕は用事が出来たので、失礼するよ。
    |君達とは違って暇じゃないんでねぇ。はっはっは…。
小波  |な、何て嫌な奴なんだ…。
好雄  |典型的な金持ちのボンボンだな…。
小波  |何だ好雄、いたのか。
好雄  |うぐうぐ。(T^T)
伊集院 |何だね、庶民。
小波  |わっ?
    |…って、俺に言ったんじゃないのか。
    |何だ、伊集院の奴、今度は他の奴と喋ってるぞ?
    |用事が出来たとか言ってたくせに…。
好雄  |もしかして、クラスの男全員に喧嘩を売って回っているんじゃないか?
    |…金持ちのやることはよく判らんなぁ。
小波  |クラスの男全員から嫌われるのは時間の問題だな。

・伊集院の部屋(夜)

伊集院 |よし、今日一日で男子生徒全員と会話をしたな。
    |貴族らしい高貴なイメージを植え付けられたと思うが…。
    |ま、庶民に馴れ馴れしくされるのはいい気分はしない。
    |近寄りがたい雰囲気を装うのが楽でいいだろう。
電話  |Trrr…Trrr…
伊集院 |電話?…誰からだろう。
    |ガチャ
伊集院 |伊集院だが。
小波  |もしもし、小波駒人ですけどぉ…。
伊集院 |小波?…誰だね。
小波  |え〜、忘れちゃったの〜?
伊集院 |…気色悪い声を出すのを止めたまえ。
小波  |ちぇっ。意外につまらない反応だな…。
伊集院 |で、誰なんだ、君は。いたずら電話かね?
小波  |ひっど〜い。いたずらなんかじゃ…
伊集院 |だから、その気色悪い声はやめたまえ!
小波  |わかったよ…。
    |それにしても、同じクラスで自己紹介もしたってのに忘れてるか?
伊集院 |…何だ、クラスメイトか。お金なら貸さないぞ。
小波  |だ、誰が金を貸せと言った!?
伊集院 |貧乏人が話す事と言ったらそれしかあるまい。
小波  |ま、待て、何だその偏見に満ちた意見は…。
伊集院 |…違うのかね?
小波  |ち、違うに決まってるだろうが!
    |それに、俺の家は貧乏じゃないぞ!
伊集院 |僕から見れば貧乏だろう。
小波  |くっ…。
伊集院 |いや、失礼なことを言ってしまったようだ。失敬。
    |この伊集院家と比べるなんて、お互いに可哀想すぎる。
小波  |…お互い?
伊集院 |僕の家と比べられた君の家はあまりにみすぼらしくて可哀想だし、
    |君の家と比べられた僕の家もあまりにも可哀想だという意味だ…。
小波  |ち、ちくそ〜。
伊集院 |ま、生まれが悪かったことを恨んではいけないよ。
小波  |俺は生まれが悪いとは思ってないぞ。
    |それに、伊集院家に生まれて性格が歪まなくて良かった…。
伊集院 |ふっ、負け惜しみを…。
小波  |くそ〜、金持ちの論理にはついて行けんな…。
伊集院 |おお、分かってくれるか。
小波  |何を?
伊集院 |この僕がまとう、貴族という高貴なオーラだよ。
小波  |オーラ?
伊集院 |そうだ、見えるだろう、この美しいオーラが…。
小波  |見えるか、そんなもん。
伊集院 |ちっ、やはり庶民だな…。
小波  |金持ちだったら見えるのかよ?
伊集院 |見えるとも。
小波  |…裸の王様って知ってるか?
伊集院 |なんだね、それは。
小波  |知らないのか。
伊集院 |ふん、王様がストリップをするような下品な話だろう。
小波  |違う!…まぁ、当たらずとも遠からずだけど。
伊集院 |僕のような者が、そんな下品な話を知っているわけがない。
小波  |…童話だ!
伊集院 |童話?…アリとキリギリスの話なら知っているぞ。
小波  |え!?…意外だなぁ。
伊集院 |まず、キリギリスが夏に贅沢をする。
小波  |アリは冬に備えて食料を蓄える。
伊集院 |冬になってもキリギリスは豊富な財力でのんびり暮らす。
小波  |アリは蓄えた食料で辛うじて冬を越す…。って、違う〜!
伊集院 |どこが違うと言うんだね。
小波  |キリギリスは、生き倒れたところをアリに助けられるの!
伊集院 |我が伊集院家に伝わる話と少し違うな…。
小波  |少しじゃない!
伊集院 |しかし、それでは話のつじつまが合わないではないか。
小波  |何だよ、分かってるんじゃないか。
伊集院 |生き倒れたキリギリスがアリの巣に運び込まれたということは、
    |食料にされてしまったということだろう?
小波  |…え?
伊集院 |なのに、なぜ助かったなどと嘘を付くんだね?
小波  |それは…。
伊集院 |やはり、君たちは間違った話を伝えているようだね。
小波  |い、いや…。
伊集院 |可哀想に、貴族を羨ましいという心がいつのまにか貴族の没落を
    |祈るようになり、そんな妄想を抱かせたのだろう。
小波  |ひどい言われようだな…。
伊集院 |やはり、金持ちと庶民では住む世界が違うということなんだな。
小波  |伊集院、お前…。
伊集院 |なんだね、庶民。
小波  |中学生のとき、そんな態度でよく殺されなかったな。
伊集院 |殺す?…高貴な身分の子供を集めた中学校に通っていたんだ、
    |そんな物騒な人間が紛れ込んでいるはずもない。
小波  |…なんだ、温室育ちか。
伊集院 |なぜ、僕の通っていた中学が冷暖房完備だと知っている?
    |ま、まさか、僕の秘密まで…。
小波  |知るかっ!…温室育ちってのはそういう意味じゃない!
伊集院 |何だ、想像で物を言っているだけなのか…。
小波  |な、何か疲れた…。
    |伊集院、お前、そういう態度を変えないと、いつか痛い目に遭うぜ。
伊集院 |何だ君は。…僕を脅しているのかね?
    |…いや、父上も同じことを言われたな。
小波  |そうか、お前って人生勉強をしに高校に…。
伊集院 |人生勉強?…そんな教科はなかったはずだぞ。
小波  |うっ…。
伊集院 |庶民が何を勉強するために学校へ行くのかは知らんが、この僕は
    |勉強をしなくてはならないことがたくさんある。
    |伊集院家の後継ぎだからな…。
小波  |それは心配だ…。
伊集院 |何を心配することがある?
小波  |いや、その楽観的なところが…。
伊集院 |楽観はしていない。
    |これから身に付けるべきことの多さに、闘志を燃やしているくらいだ。
小波  |人との接し方も身に付けてくれよ…。
伊集院 |庶民との馴れ合いなど出来ん。
小波  |だから、それじゃいつか痛い目に遭うって。
伊集院 |何を根拠にそんなことを言っているんだね。君は神か?
小波  |だ〜!分からん奴だな…。入試問題で…。
伊集院 |入試問題?
小波  |しょうがないな。よく考えろ、世の中には金持ちしかいないと思うか?
伊集院 |伊集院家のような金持ちはそうはいないだろう。
小波  |じゃぁ、残りの人々は何だよ。
伊集院 |庶民だ。
小波  |…じゃぁ、庶民ってのはどれくらいいるんだ?
伊集院 |…。
小波  |わかっただろう、世の中には庶民の方が多いんだよ。
伊集院 |雑魚が群れたところで…。
小波  |おいおい、群れた雑魚は時としてすごい力を持つんだぜ。
伊集院 |そうなのか?
小波  |そうなんだよ。伊集院家くらい傾けちまうぜ。
伊集院 |…それは無理だろう。
小波  |おいおい、お前、本当に伊集院家の後継ぎなのか?
    |伊集院家の財産ってのはどうやって築いてきたんだ?
伊集院 |それは…。
小波  |庶民相手に商売をしてきたんだろう。
伊集院 |そういうこともあるかも知れんな。
小波  |客である庶民を怒らせて、伊集院家は大丈夫なのか?
伊集院 |うむ…。
小波  |だから、庶民との接し方をもっと考えないとな。
伊集院 |…いいだろう、考えてやる。
小波  |う〜ん、なんかひっかかるが…。
伊集院 |それにしても、君は意外に物知りなんだな。
小波  |え?…いや、入試のときにひたすら丸暗記をしたからな。
伊集院 |丸暗記?
小波  |ああ、だから合格した今はどんどん抜けていってるけど。
伊集院 |じゃぁ、今話していたことも…。
小波  |きらめき高校の入試問題に過去に出た筆記問題だ。
    |貴族と庶民とかいう…。
伊集院 |内容は理解しているのかね?
小波  |だから、丸暗記なんだってば。
伊集院 |…。
小波  |とにかく、庶民の俺がこんなことを覚えていても仕方ないからな。
    |役に立ったか?
伊集院 |知らん。
小波  |ちぇっ、せっかく人が親切で教えてやったのに…。
伊集院 |なぜ僕が庶民に教えて貰わねばならんのだ。
小波  |さっきまで聞いてたじゃないか。
伊集院 |む、無駄な時間を過ごしてしまったようだ。
小波  |でも、さっきの話はきらめき高校の理事長の話なんだけどな。
    |庶民を大切にしろって…。
伊集院 |えっ…。
小波  |ま、俺には関係ないや…。
    |それにしても、なんで伊集院とこんな話をせにゃならんのだ。
伊集院 |そ、それは僕の台詞だ。
小波  |まあいいや、もうこんな時間か。目的は達成できたし…。
伊集院 |目的?…おい、何を企んでいるんだ?
小波  |さぁ〜な。明日になれば分かるんじゃないか?
伊集院 |明日?
小波  |ああ。それじゃまた明日。くっくっく…。
伊集院 |おい、待ちたまえ!
小波  |ガチャ
伊集院 |何を企んでいるんだ…。

・学校(翌日)

女子1 |伊集院さん、ひど〜い。
女子2 |ひどすぎます〜。
女子3 |がっかりしちゃった…。
女子4 |信じらんない…。
伊集院 |な、何のことだね…?
女子1 |あ〜、そんなこと言う…。
女子2 |昨日、電話したんですよ。
女子3 |でも、誰一人、つながらなかったって…。
女子4 |電話が嫌で、受話器上げてたんじゃないですか?
伊集院 |え…いや、そんなことは…。
小波  |くっくっく…。
伊集院 |あっ…。このことか…。
女子1 |今日はちゃんと出てくださいね。
女子2 |私も電話しますから。
女子3 |ちょっと、私が電話するのよ。
女子4 |私よ!
伊集院 |あ、あの…。
女子達 |ぜっったいに、電話、出てくださいね。
伊集院 |…は、はい。
小波  |くっくっく…。
好雄  |…何、笑ってんだ?